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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.2.07


 翌朝。

 食事を終えてから、旅の準備を始めた。


 行き先は、噴水広場への帰還ではなく、裏切者の捜索。


 食糧は7日分。

 かなりの量だが、荷運びに問題はなかった。


 アーネストは気前よく、メスのヘラジカ1頭をオレ達に貸した。

 荷物の一部は、ヘラジカの背中に載せる。

 ヘラジカの扱いは、ソフィアが熟知している。

 問題ない。


 未希が、ヘラジカの口元に、葉の束を向けながら言った。

「名前つけてあげなきゃ」

 新しい家族を迎え入れたと勘違いしている。

 借りもののヘラジカだ。


 メスなので角は生えていない。

 ヘラジカは垂れ下がった鼻先で、ムシャムシャと、未希の手元の笹の葉のような草を食んでいる。

 ずいぶん穏やかな目をしたヘラジカだ。

 性格もおとなしいのだろうか。


 ソフィアが、未希を注意した。

「もうそのくらいにしときなさい。柳の葉の量は限られてるんだからね」

「はーい」


 笹の葉ではなく、柳の葉らしい。


 ヘラジカは、1日に25キロくらいの枝葉を食べるらしい。

 想像もつかない量だが、自生している枝葉や水草でも問題はないようだ。


 どうやら、柳の葉はヘラジカにとってのオヤツ。

 あるいはご褒美のごちそう。

 そして、ヘラジカが背負う荷物の4割は、オヤツの柳の葉と水だった。


 あともうひとつ。

 スペイン語の通訳として、旅の同行者が増えた。


「ミケルだよ。よろしくね」


 ウェーブがかった焦げ茶の短髪。

 目元の彫りが深く、眉毛の太い青年。

 背も高く、190センチを超えているだろう。

 そして、ガタイがいい。

 上半身も下半身も、バランスよく鍛えられている。


 差し出された右手を握り返し、ミケルと名乗る男に質問した。

「おまえはアメリカ人か?」

「スペイン生まれのアメリカ人だよ。スペイン語と英語なら分かる。ソウジは日本人なんでしょ? 日本語もおしえて」

「いまは、どのくらい日本語を知ってるんだ」

「ラーメン? アキバ! カワイイ! ヘンタイ!」

「……」


 知ってる日本語を尋ねれば、どの年代から来たかも、だいたい分かるな。


「ソウジはいま、何歳?」

「オレは、二十歳だが」

「じゃあ、同い年だね。よろしくね。ソウジ」

「腰にぶら下げてるのはなんだ?」


 ミケルの左腰のベルトに括りつけられているもの。

 どう見ても、バットとグローブにしか見えない。


「バットとグラブだよ。僕の夢はメジャーリーガー。ソウジは好き? 野球? 日本人は野球好きだよね。強いしね」


「いや……おい、ミラー。おまえは野球できるか」

「あん? 野球……? どうやってやるんだ?」


「知らねぇのかよ」

「名前は知ってるが、やったことねぇし、見たこともねぇよ。俺が知ってるのは、フットボールとラグビーだ」


 ミケルの笑みは人懐っこい。

「あっはは。そうだね。僕もフットボールは嫌いじゃないけど、僕には向いてなくてね。野球がやりたくてアメリカに引っ越しちゃった」


 身振り手振りが、いちいち大げさな若者だった。

 ミラーは、なんだか、機嫌が悪そうだ。


「スペイン人なのに、フットボールやらねぇで野球とはな。珍しいヤツだ」


「だよね。みんなに言われる。なんかさ、あの熱量についていけなくてさ。だから僕は野球にした」



「ちょっと、あんたたち! そろそろ出発するわよ!」


 ソフィアの怒鳴り声。


 見ると、未希もストームも、旅支度を終えていた。

 マントを羽織り、肩掛けのポーチをぶら下げて、煙たそうな目でこっちを眺めている。


 ふと、気になり、未希に尋ねた。

「リュウタはどうした」

「森の中にいると思うよ。さすがにこんなところじゃ休めないよ」

「それもそうだな」


 ずいぶん、自由奔放な放し飼いだが、オオカミだもんな。

 リュウタがいたら、ヘラジカの群れも、ゆっくり休めないだろう。


「みきたちが、移動すれば、勝手についてくるよ」

「そうか」


「んん、じゃあ出発するよ!」

 18歳のストームが出発の号令をかける。

 今回の旅も、隊長はストームだ。


「で、どこに向かうんだ?」


「まずは、北東の丘陵地帯に行けって、アーネストに言われた。

 1カ月前に、ウィルコープスの残党狩りに出かけたチームが、戻らないんだって」


「……」


 はぁ……


 簡単に言ってのけるストーム。

 オレはまだ、このノリについていけない。


 屈強な兵士達が、残党狩りに出かけて戻らない場所。

 そんな場所へ、意気揚々と出かけて行こうとしている。

 その意味を、理解しているのだろうか?


 まぁいいか。

 考えてみたら、いつものことだ。


 メンバーは、未希とストーム。

 ソフィアと、ミラー。

 そして、新たに加わったミケル。


 ヘラジカ1頭と、オオカミのリュウタ。


 そしてオレ。



 6人と2匹での旅。

 危険としか思えない捜索任務が、始まろうとしていた。



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