5.1.29 - 嵐の少女
オレ達はストームの家に戻った。
未希がメモリアから戻ったのは夕方。
そのまま3人揃ったところで、ログアウトした。
戻ったのは、オレのアパート。
ほぼ同時にログアウトしたので、戻ったのもほぼ同時。
ログインしたときと同じ並びで、高校の制服を着たストームと未希が立っていた。
ストームが、ポケットからスマホを出して、視線を画面に落とす。
「今日は9月17日。明日は9月18日。明日だよね?」
「そうだといいが、ノトウェンにしても40年越しだろ。1日のズレもなくサインを出すのは難しいんじゃないのか」
「なんか、すごいことになってるね」
未希にも、事情は簡単に話してある。
早ければ明日。
いやもしかしたらすでに、ノイマンとノトウェンによる入試問題が、この世界のどこかに出題されているのかもしれない。
「すでに、数日前に出題済みってことはないのか」
「ん~……どうだろう。なんにも気がつかなかった」
それもそうか。
よく考えたらこの数日。こいつは、それどころじゃなかった。
「明日、なにも見つけられなかったら、日にちを広げて探してみる」
「そうだな」
「明日は土曜日だから、午前中から、わたしの家に集まるでいい?」
「うん。おにいちゃんは?」
まぁ、オレも用事は無いし。
あのふたりが何を仕掛けてくるのか、興味もある。
「わかったよ。何時にいけばいい?」
「何時でもいいんだけど……」
ストームの顔がオレを向いた。
「来るときにさ、目に付いた新聞全部と、明日発売の雑誌。ぜんぶ買ってきて」
ストームは自分のカバンから、タブレットを取り出した。
すらすらと指で画面を操作してかた、オレと未希に見せる。
「見てこれ。ノトウェン」
「えっ」
コンピューターゲーム開発者のインタビュー記事だった。
「あ、みきもこのゲーム知ってるよ。やったことないけど」
オレもゲームは知らないが、それでも聞いたことがある。
世界的に有名なゲームのタイトルだ。
「ノトウェンはね。このゲーム開発会社のCEOなんだよ」
「えぇっ?」
しーいーおーってなんだ。まぁいいか。
ストームが画面をスワイプする。
壇上に立って、スピーチをしている中年男性の写真。
なるほど。似ている。
ストームは、次にウィキペディアを表示させた。
ノトウェン・アイヒェンドルフ。ドイツ出身の62歳。
顔写真も、だいぶ老けた顔だが、22歳のノトウェンとよく似ている。
「ノトウェンに似てるな」
「おにいちゃん、ノトウェンの写真に向かって、ノトウェンに似てるって言ってるよ。なに言ってんの?」
「珍しい名前で顔もそっくりでしょ。ノトウェンは、数学者にして世界最高峰のゲーム開発者。わたしの憧れでもあるんだよね」
「じゃあおまえは、ニフィル・ロードで、自分が憧れる人物に会ってたとでも言うのか」
「んん。そういうこと。似てるでしょ? 総司も信じる?」
「ああ……まぁ。そうだな」
記事に目を凝らしていた未希が言った。
「ノトウェンさん。未婚なんだね」
「離婚したんじゃないのか」
「でもみて、ここ。若いころに初恋のひとに振られて、以来ずっと恋人無しだって」
「ふーん……」
翌朝。
7時に目が覚める。
寝ている間に、ストームからメッセージが来ていた。
新聞は手当たり次第買ってこいと書かれたあとに、今日発売の雑誌が、箇条書きで書かれている。
買えとだけ書かれていて、代金のことはなにも書かれていない。
郵便受けに入っていた、仕事の報酬をサイフに突っ込む。
そして、駅へと向かって歩いた。
金持ちのお嬢さんは理解しているのだろうか。
商品を買うには、カネが必要だということを。
本屋はまだやってないので、コンビニに寄る。
土曜発売の雑誌は珍しいようで、コンビニには置いてなかった。
新聞だけ全種類買って、コンビニを出る。
次は、駅の売店に寄って、コンビニには無かった新聞を買う。
本日発売の雑誌もあったので、それも買った。
雑誌や新聞は、コンビニよりも駅の売店のほうが充実しているようだ。
スマホを抜いて、ストームにメッセージを送る。
「何時にいけばいい?」
「いつでもいいよ。新聞買った?」
「買ったよ。未希は何時に来るって?」
「知らない。10時くらいじゃない?」
牛丼屋で朝食を済ませてから、電車に乗った。
ストームの豪邸に辿り着いたのは午前9時頃。
部屋へ行き、買ってきた新聞と雑誌を床に置く。
結構重かった。
雑誌は少ないが、新聞が多く、そして分厚い。
買ったのはオレだが、いったい、何紙買ったのか。
今朝の朝刊なのに、積み上げると古新聞のようだった。
机の上では、パソコンがうなりを上げている。
パソコンでも、手当たり次第に検索をかけているのだろう。
「総司は、雑誌を見て」
「オレが見ても、わかんないだろ」
「なんか気がついたらでいいよ」
しかたなく、適当に雑誌を掴む。
気にしたこともない雑誌ばかり。
なにをテーマにしているのかもよく分からない雑誌だ。
適当にパラパラとページを捲っていく。
そもそもオレは、雑誌そのものに興味がない。
ストームは、まず一般紙から手をつけはじめた。
土曜日の一般紙は、平均して普段よりも分厚いと思う。
しかしその分、広告や、雑学記事が多い。
メッセージを埋め込むのにも、都合が良いかもしれない。
ストームは時々立ち上がり、パソコンの画面を確認しながら、新聞をめくっていく。
どこをどう眺めているのか。
読んでいるのかどうかも分からない。
この大量の活字の中に、本当にメッセージが隠されているのだろうか。
9時半を過ぎた頃にインターホンの音。
未希が来た。
コンビニで買ってきたお菓子を広げたあと、未希にも新聞が渡される。
未希は、新聞に織り込まれた別刷りの紙面を担当した。
オレはただひたすら、意味があるのかと自問自答しながら、雑誌に視線を落とす。
なんの興味もない誰かの持論。住宅の広告。健康グッズのレポート。
読むつもりもなく、ただ眺めているだけ。
飽きてきたので、ストームが散らかした、床の紙面に視線を落とす。
なにかのニュース記事。
インサイダー取引がどうのと書かれている。
記事の内容よりも、写真付きの名前に見覚えがあった。
小路義隆。添えられている顔写真にも見覚えがある。
誰だっけな。
「うわぁ~、かわいい」
新聞をめくった未希が、声を上げた。
落とした視線の紙面には、大きな1面広告。
カラフルな水彩画が、紙面全体を使って大きく描かれていた。
ぱっと見は、吹き荒れる嵐の絵。
真ん中に1本の巨木。
根元の樹洞で、雨宿りをする少女の姿。
嵐が吹き荒れているというのに、少女の表情は、にこやかだ。
口笛を吹いているのだろうか。
唇を尖らせ、風でリズムをとっているかのように、カラダをくねらせている。
なんとも、緩やかな、嵐の水彩画だった。
それにしても、なんの広告だろうか。
文字がどこにも無い。
嵐と、幸福そうな少女の絵だけだ。
ストームが視線を向けると、その絵に顔を突き出した。
「あれ、これって……」
カラダを捻り、床に散らかした新聞を次々とめくっていく。
「あった。これだ」
ストームが、スポーツ新聞から1枚抜き取り、未希の元へと運ぶ。
その紙面にも、同じ広告が、全面に描かれていた。
ストームは、しばらく2枚の紙面を見比べた。
「他に同じ広告がないか、探す」
未希とストームが、新聞を拾い上げ、めくっていく。
数分後、見つけ出した同じ広告の絵は、全部で5枚だった。
ストームはそれを床に並べて、離れたところから見比べた。
「なにか見つけたのか、ストーム」
「同じ絵だけど……少し違うよね?」
「うん?」
オレも、遠目に眺めてみたが。
同じ絵にしか見えない。
「どこが違うんだ」
「雨の線」
「はぁ?」
もう一度眺めてみる。
たしかに、違うように見えなくもない。
印刷がズレただけのようにも見える。
「未希、分かるか?」
「うーん。少し違うかも。こことここ。これとこれも」
未希が指を差しているのは、白く描かれている雨の線。
おかげで、オレにも違いが分かった。
大部分は同じだが、ところどころが違う。
これは、印刷のズレというより、誤植だ。
ストームが、机に駆け寄り、引き出しを開けた。
ガサガサと箱を漁り、取り出したのは定規。
その定規を、未希が指差した、雨の線に当てていく。
測っている途中で、ストームが、にやけた。
「ズレてる線の長さだけが、ぜんぶ、6.2センチ」




