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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.1.26 - 三者面談


 ニフィル・ロード研究所は、歩いて数十分の距離。

 噴水広場の南側に存在していた。


 最初に目に映ったのは、校庭のような中庭。

 その先に、レンガ造りの2階建ての建物が見える。

 中庭で数人の白いコートの男がなにかをしているが、衛兵や、警備員のような姿は無い。


 研究所とは名ばかり。

 歴史の教科書か何かで見た、戦前の小学校のような外観だった。

 カラーの実物を見たのは、これが初めてだ。


 オレとストームは、中庭を横切り、レンガの建物へと近づく。


 建物の周囲には、様々な植物を植えた花壇が、低い柵で区画されている。

 花やタンポポだけでなく、雑草のようなものも、均等に茂っている。

 ここでは、雑草すらも研究対象なのだろうか。


 歩きながら、ストームに尋ねた。

「ここでは、なにを研究しているんだ?」

「ニフィル・ロードに関する全てだよ。生態、地質、空気も水も。ありとあらゆるものが研究対象。建物の裏には、生物の飼育施設もあるよ」


「研究してどうすんだよ」

「この世界がなぜ存在するのか。どうやって作られたのか。どういう仕組みで稼働しているのか。それを国家規模で叡知を集めて探る」


「探ってどうする?」

「うーん……どうするんだろうね。でも知りたいから。知的好奇心かな?」


「なるほど……」

 知らんが。


「前にさ、山でハーストイーグルに襲われたじゃん?」

「ああ、あのデカい鳥か」

「生態サンプルか、卵が欲しいからって、何度も遠征隊を送って、最近やっと手に入れたみたい」


「まさか、あの鳥を育てるのか?」

「現実世界では、もう絶滅している鳥だからね。歴史学者や、生物学者にしてみたら、よだれが出る生物だよ」


「焼いて喰ったら、美味いかどうかってことか」


 珍しく、オレのジョークでストームがの表情が緩んだ。

「食べてみたらしいけど、固くてパサパサで獣臭くて、廃車のタイヤを食べてるみたいだったって」


「いや、喰ったのかよ……」


 レンガの建物に入った。

「ちょっと待ってて。受付に行ってくる」


 受付といっても、ボロい病院のカウンターみたいな場所。

 ストームが歩み寄り、窓口で座っていた中年女性と、会話を始めた。


 建物の中は静かだが、鉄を熱して、焦げ付くまで肉を焼いたような匂い。

 バーベキューでもやってたのか。


 正面には2階へと続く階段。

 右にも左にも、長い廊下。

 その廊下には、ドアがいくつも並んでいる。


 受付での会話が終わったストームが、トコトコと戻る。


「いま、呼んでもらった」

「そうか」


 ストームが、受付横のベンチに座った。

 ふと、思い出して、カレンダーの木札をポーチから取り出した。

 木札の数字は「277」だ。


「ストーム、これって珍しいのか」

「うん。わたしも最初は、気がつかなかったんだけどね。その木札には、異常なことがふたつあるんだよね」


「なんだ?」


「まずそれ、魔法が解けないでしょ。もう半年以上過ぎてるのに、まだ日にちを刻み続けてる」


 そういや、そうだな。

 大抵の魔法は、長くても半日で効果が切れる。


「ふたつ目は、日にちの計測原理。世界の時計の参照」

「それは、すごいことだったのか?」

「総司はさ、世界の時計って、なんだと思う?」

「……さぁ? なんだろうな」

「普通に考えて、そんなの存在しないよね。時計っていう概念自体、人間独自のものだし」


「太陽とか、月の位置とかじゃないのか」

「それは、あくまで位置であって、時間じゃないし、時計でもないよ」

「じゃあ、これは何を参照しているんだ?」


「時計が存在するのは、機械かコンピューターの中だけ。プログラムされた箱の中。つまり仮想世界は、プログラムで動いている……かもしれない」


「かもしれない?」


「前にも、ちょっと言ったかもしれないけど……

 数学や、科学は、仮定の上に成り立つ学問なんだよね。『かもしれない』の先にある『ルール』を探す。不変のルールが見つかったら、また新しいルールを探していくのが、数学」



「おまえが見つけた、この世界のルールってなんだ?」

「今はもう、だれにもアクセスできなくなった、世界時計の存在」


「わからん……」

「だよね。わたしにも分からないから、答えを探したい」


 コツコツと、階段を降りる音。

「いらっしゃい。ストーム。逢えて嬉しいよ」


 見上げると、階段の踊り場に、小太りの若者が立っていた。

「あれ、ソウジ?」

 オレも知っている男だ。

 昨日とは違い、白いコートを羽織っている。


「おまえは、ノトウェン」

「またお会いしましたね」


「んん? ふたりは知り合い?」

「ああ。昨日まで、一緒に旅をしていた」

「そうなんだ。すごい偶然だね」


 ストームが階段の上のノトウェンを見上げる。

「ノトウェン。教授と話したいんだけど、時間もらえそう?」


「はい。2階でお待ちですよ。どうぞ」


 ストームが階段を上がる。

 オレもその後に続いた。


「今日は、どうしたの、ストーム?」

「ん、わたしじゃなくて、こっちの保護者。教授が信用できないんだって」

「あっはは。なるほど。たしかに教授は、人間に擬態した悪魔だからね」


 和やかなわりに、悪魔だなんだと。

 研究と論文好きのオッサンかなにかだと思っていたが。

 いったい、どんな人物なのか。



 階段を昇りきり、2階の廊下を歩く。

 案内された部屋は、応接室のような場所だった。


 部屋の中には、もっさりとした中年の男が独り。

 ソファーに腰を下ろして、書類を眺めている。


 五十代前後だろう。

 頭頂部の半分が、丸っとハゲている。

 折り目のついた、背広のような茶色のコートを羽織っている。

 ネクタイをしたら、さぞ似合いそうだ。

 体型は少し太めだが、恰幅が良さそうというほどでもない。


 男がこちらを見上げながら、ソファーから立ち上がった。

 オレの方へと歩み寄り、右手を差し出しながら言った。


「私の髪の毛に興味があるのかい? 計算しすぎたら蒸発しちゃってね。半分しか残らなかったよ」


 ……もしかして、笑うところか。


 そこまで気にしてなかったが、言われると余計、気になる。

 オレは、男の頭頂部の皮膚を見ながら、右手を出して握手を交わした。

 汗が浮いているわけでもないのに、ギトギトした光が反射している。


「総司だ」

「私はノイマン。ミス・ストームから聞いているよ。よろしくね総司。でも、私の顔はもう少し下だよ」


 視線を、頭頂部から男の視線まで下げた。

 男の目も、オレの目ではなく、オレの顔や首筋を見回している。


 体格のわりに、細くて華奢な手の感触だった。

 手を離すと、その手をソファーの方へ向けた。

 思っていたより、気さくな男だ。

 本当に、希代の数学者なんだろうか。



 ノイマンが、ソファーに腰を下ろし、その隣にノトウェンが座った。

 オレとストームは、その向かいに座る。


「お茶飲む?」

 ノイマンが、後ろの飾り棚に並んでいる試験管に指を向けた。

 茶色く濁った液体が入っている。

 ノイマンの表情は笑っておらず、ジョークなのか、本気なのかも分からない。

 それでも、試験管の中身がウィスキーな気がするのは、この部屋が少し酒臭いからだろう。



 無反応なオレを眺めながら、ノイマンがまた口を動かす。

「それで、なにか、楽しい話でも聞かせてくれるのかな?」


 ノイマンの横で、ノトウェンが口を押さえてクスクスと笑っている。


 笑えないし寒い。



 オレの目からは。

 どう見ても、オヤジギャク好きの中年にしか見えなかった。




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