5.1.24
ストームカレンダー、276日目。
昼過ぎに噴水広場に到着した。
旅は、なんの問題もなく終わった。
辿り着いた噴水広場で、ノトウェンが握手を求めた。
無下にもできず、握り返す。
「おかげで旅も順当に終わりました。どうもありがとう」
「いや、オレも助かったよ。独りじゃ旅はできないしな」
「はは。そうですね。ヘラジカがもう少し成長したら、人が乗れる馬車の運行も始まるでしょう」
「そうか。そうなるといいな」
「ではまた、ご縁があったら」
彼らは、『ニフィル・ロード研究所』なる場所へと赴くらしい。
オレには、関係のない場所だろう。
立ち去るノトウェンらの背中から視線を外し、噴水広場を見渡す。
6カ月ぶりだが、なにも変わっていない。
人影も疎らだ。
離れたところに、小さな屋台。
噴水おじさんが座っている。
以前見たときよりも、さらに老けたように見える。
とりあえず噴水広場を離れ、未希の家を目指した。
途中でエレメント軍本部の前を通り過ぎる。
軽く眺めてみたが、外を出歩いている者は誰もいなかった。
町並みは、なにも変わっていなように見える。
なにも変わっていない、花屋の前を通りかかる。
たぶん、あの花屋が、エレーナの店なんだと思う。
店は開いていて、入り口の前にも店の中にも、色とりどりの花が並んでいる。
しかし、エレーナの姿は見えなかった。
歩き続けると、右側に池。
すぐ先に、ストームの四角い家と、未希の家も見える。
ここも、まったく変わっていない。
やはり6カ月なんて、長いようで短い。
最初に未希の家を訪ねたが、留守のようだった。
ドアの横のベルを鳴らしたが、なんの反応もない。
しかたがないので、隣のストームの家へ。
この家には、呼び鈴のようなものはついていない。
ノックをしようと扉に腕を伸ばしたが、見えない膜に弾かれた。
左手のログインデバイスを取り出す。
そのまま右腕を伸ばすと、ドアに触れることができた。
とりあえず、ノックをしてみる。
しばらく待ったが反応がない。
ドアを開けて中を覗き込む。
建物の中は、真っ暗だった。
ドアの隙間から差し込む光で、かろうじて中が見える。
この部屋もあいかわらず殺風景で、椅子が並ぶ長いテーブルが見えるだけ。
木の匂いと、生乾きの洗濯物の匂い。
物音や、話し声は聞こえてこない。
ストームも留守なのだろうか。
勝手に入るのもどうかと思い、ドアを閉めて、建物から離れた。
まだ夕方には早い時間だった。
日が暮れるまで待つことにする。
池のほとりまで歩き、腰を下ろした。
透き通った水面に、オレの顔が映っている。
その先には、水底の土と水草。
この池に、魚はいない。
そういや、ここで、魔法の練習に挑戦したのを思い出した。
魔法で鏡のようになったコップの水。
それを眺めて目を回していただけの昼下がりの記憶。
ストームは、五感ではなく、意識で感じ取れと言っていた。
しかし、意識を向ければ向けるほど、見えてくるのは醜悪なものばかり。
今も、水面に映るオレの顔を眺めていると、浮かんでくるのは嫌な記憶だけ。
オレに魔法はムリなんだろうな。
未希やストームなら、この水で、オレを探せるのかな。
気まぐれで、池の水に、心の声で問いかけてみた。
未希はどこに出かけた?
ストームはいつ帰ってくる?
問いかけてみても、波紋で歪むオレの顔だけ。
馬鹿バカしい。
未希もストームも、水面には映らない。
いくら眺めても、映っているのはオレだけ。
あとはソラと雲。
その下で、揺れ動く水草。
「総司」
真後ろからオレを呼ぶ声。
振り返るとストームがいた。
「なにやってんの?」
「魚がいないか、探してたんだよ」
「ふーん」
「未希はどうした?」
ストームも池に歩み寄る。
「メモリア行くって言ってたよ。そろそろ帰ってくるんじゃないかな」
また、池に視線を落とした。
オレの顔が映っている。
あれ。
ストームが……映ってないような。
ストームも池のふちに立っている。
そこに映るハズの水面には、ソラと雲が映っているだけだ。
まるで、そこにストームがいないかのように。
「おい、ストーム」
「んん?」
「おまえ、幽霊か?」
「はぁ?」
「あ、おにいちゃん!」
未希の声。
顔を向けると、離れた場所に未希の姿。
未希の傍らには、中型犬くらいの灰色の犬。
もっさりとした体躯にくっついた、ひし形の顔。
眼の角度が鼻柱に向かって斜めに切れ込み、睨んでいるようにも見える精悍な顔つき。
その犬が口を閉じたまま、未希と並んでテコテコと近づいてくる。
革紐の首輪をつけている。
ぶら下がっているのは、未希が作った、キバのアクセサリー。
「もしかして、その犬」
「えへへ。犬じゃなくてオオカミ。リュウタだよ。大きくなったでしょ」
「これが、リュウタ? 6カ月でこんなに大きくなるのか」
オレが知っているのは、前哨基地で拾った、枕よりも小さな赤ん坊のオオカミだ。
すっかり大人のサイズに成長していた。
「未希のボディガードだよ。強そうでしょ」
「あ、ああ、そうだな。もうそんなに大きくなったのか」
「う~ん、まだ、もう少し大きくなると思うよ」
リュウタはオレには近寄らず、未希の少し後ろから、オレのことを観察している。
「大丈夫だよリュウタ。おにいちゃんは敵じゃないよ」
未希が、リュウタに視線を落とし話しかけている。
頭を撫でるでもなく手も触れず、ただ声をかけるだけ。
リュウタは、オレから視線を離さず、耳たぶ動かして未希の声を拾っているようだ。
「また魔法を使ってるのか?」
「それがね、使い過ぎたみたいなの」
「え?」
「もう、魔法かけなくても、かかりっぱなし。えへへ」
「はぁ?」
「感覚全部を受け取るには、魔法が必要だけど、意思疎通だけなら、魔法は不要になっちゃったみたいなんだよね」
「どういうことだよ……」
ストームが、はぁっと、ため息をついた。
「同じ魔法を使い過ぎて、バグった……っていうより、それが自然な状態だと、世界が認識したんだと思う」
「なんだよそれ。魔法がかかりっぱなしって、大丈夫なのか」
「大丈夫もなにも、こうなっちゃうと、どうにもならないよ。魔法がかかりっぱなしっていうより、自然現象になってる……んだと思う」
「未希はなんともないのか」
「うん。なんともないよ。もう何カ月も前から、こんな感じ」
「……何カ月も前から?」
未希は平然とした顔をしている。
いったいどういうことなんだろう。
まぁいいか。
オレに理解できるわけもない。
それより……
池に視線を戻した。
オレの顔が映っている。
ストームの姿も、池の水面が反射していた。
なんだ。
見間違えか。
まぁいいか。




