5.1.21
9月17日、金曜日。
夕方頃。
オレの部屋に、制服姿の未希とストームが訪れた。
ストームは、毎日学校へ行っているらしい。
学校周辺はどうだと、ストームに聞くと、今日もヨシヒロらのギャングが十数人、学校周辺を徘徊していたと言う。
苦情を受けて駆けつけた警官に、囲まれていたところも見たらしい。
その場は引き下がるようだが、あいつらはゴキブリだ。
何匹か追っ払ったところで、永遠にどこかに湧く。
警察にできるのは、せいぜい荷物検査と退去勧告。
逮捕もできないし、なにかを強制できる理由も無い。
しばらくは、イタチごっこが続くだろう。
ストームは、何事もなく学校に通えているのだろうか。
無表情。覇気のない仕草。不健康そうな顔色。
それは普段通りだ。
顔色からはなにも分からない。
学校帰りの制服は汚れていないし、靴も新品。
見た目にも、なにかが起きたようには見えない。
聞けばいいのだろうが、聞く気になれなかった。
聞いたところで「大丈夫だ」と答えるだけだろう。
今日はオレの部屋から、ニフィル・ロードへログインする。
学校のことには一切触れず、ログイン後の簡単な打合せだけした。
そして、3人同時にログインした。
目を開けたのは、アッシュバレルの宿屋。
ときどき、店主に無償でワインを卸す代わりに、ログアウトするときだけ、タダで部屋を貸してもらっている。
宿屋を出ると、陽の高さは、午前の中盤。
黒ヒゲのパン屋には行列。
井戸の周りにも、短い列ができている。
行き交う人波に、不穏な気配はなく、賑やかだ。
用事があるのは司令部なので、宿を出て基地の中心へと向かう。
この基地の守備隊は、今は40人くらい。
オレもいちおう、守備隊の予備要員なので、有事には防衛に参加することになっている。
しかしここ数カ月、アッシュバレルを襲う脅威は現れなかった。
司令部に辿り着く。
いまでは立派な木造2階建て。
入り口に、若い男の衛兵が立っている。
名前は忘れたが、顔見知りだ。
衛兵の男に声をかけた。
「ウィリアムはいるか?」
「よう、ソウジ。いまログアウト中じゃなかったかな」
「なんだよ、またかよ」
「司令部もヒマだからな。やることといえば、荷駄隊のチェックくらいだ。どうした? 緊急か?」
「噴水広場に行きたいんだが、なにか方法がないか聞きにきた」
「ああ、それなら、明日の朝に戻る予定の連中がいるよ。そいつらと一緒にいったらどうだ。護衛が少ないらしいから、丁度いいんじゃねぇか」
「誰だ?」
「本部から派遣されてる、若い学者先生だ。中の執務室にいるぜ」
「執務室ってどこだよ」
衛兵の男が、親指を突き出して、司令部の中を指す。
「入って、右の奥の部屋だ」
司令部に入った。
木造の建物といっても、1階の床は剥き出しの地面。
雑草は生えていないが、湿った地面から獣脂の腐ったような匂いがする。
執務室だと言われた部屋へ向かう。
扉は開いていて、ボソボソと話し声。
中を覗くと、4人の男。
3人は中年で、独りは若い。
二十歳は超えているだろう。オレより年上に見える。
4人とも、ガウンやベストを上手に着こなしているが、旅汚れだろうか。
泥やスス汚れがこびりついている。
話に夢中で、オレに気がついていない。
開けっ放しの扉をコンコンと叩く。
その音で、4人の視線がオレに集まった。
「旅の護衛を探してるのは、あんたらか?」
3人の中年は、訝しむ顔。
若い男は、不思議そうな顔をしている。
背の高い中年が、口を開いた。
「どなたですか?」
「オレはソウジ。ここの守備隊だが、噴水広場に行きたい。同行させてくれないか?」
「ソウジ……ソウジ」
若い男が、視線を下げ、考え込んだ。
少し小太りの男だ。
ぷにぷにとしたほっぺに、丸っこいアゴ。
ヒゲは生えておらず、短くカールした赤みがかった茶色い髪。
「思い出しました。ストームのお知り合いのかた? ですか?」
「ああ……まぁそうだな。ストームを知ってるのか?」
「はい。最近、ちょっと有名ですよね。彼女」
「有名? なんで?」
「ご存じないんですか? 本当にストームのお知り合いですか?」
なんなんだ。
オレが疑うところで、オレが疑われている。
「あれ持ってます? 木札のカレンダー」
「うん? ストームカレンダーのことか?」
「たぶんそれのことです、日数をカウントしている木札です」
腰のポーチを開けて、ストームカレンダーを取り出す。
木札には「273」という数字が浮き出ている。
「これのことか?」
「そう、それです! 本当にお友達のソウジさんのようですね」
この木札にはストームの魔法がかけられている。
最初の頃に渡されて、日にちをカウントしているだけの木札。
たいした価値があるとは思えない。
「こんなんで信じるのかよ。珍しいものでもないだろ」
「珍しいですよ。この世界に3つしかない、アーティファクト。奇跡の魔道具です」
「え? 3つだけ? こんなボロい木札のカレンダーが?」
「残念ですが同じものを生み出すことはできませんでした。その魔道具は、世界の時計を参照しています。おそらく、世界システムのグローバル変数に干渉……」
若い男が、気持ちよさそうに喋り続けている。
途中から、言っている意味がサッパリ分からない。
中年の男に視線を向けると、やれやれといった表情を返された。
話が終わるまで、待たされるのか。
「……ということで、再現できる魔法使いは、誰もいません。それを生み出したストーム本人すら、再現できませんでした」
話は終わったらしい。
理解できないし、本当にどうでもいい話だった。
「それで、オレは、あんたらと一緒に、噴水広場に行ってもいいのか?」
若い男が即答した。
「もちろんです。お強いという話も聞いています。是非、ご同行ください」
「出発はいつだ?」
「明朝、日の出とともに、出発します」
「分かった。その時間になったら、またここに来ればいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
若い男が、オレに歩み寄る。
そして、右手を出した。
「僕は、ノトウェンです。よろしく」
オレも右手を出して、握手を交わす。
それから、旅の装備やらで、中年の男達と軽い打合せ。
その会話を終えて、司令部を出た。
帰り際にも、入り口の衛兵に声をかける。
「明日からしばらく、アッシュバレルを離れる。アル中司令官が起きたら、伝えておいてくれ」
「あん? 何日くらいだ?」
「さぁな。エレメント・コアが通れる頃には戻るよ」
「そうかぁ。まぁソウジは、いてもいなくても、どっちでもいいだろ」
「そりゃよかったよ……」
司令部を離れた。
これで、噴水広場への同行者を得た。
明日の日の出まで、やることがない。
メモリアの屋敷へ行って、昼寝だ。




