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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
シェイプシフトデバイス
331/367

5.1.20


 久々のログインだ。


 オレは、前哨基地のアッシュバレルにいる。

 未希たちは、噴水広場へと戻ったので、この地にはいない。



 オレの役目は、数日おきにメモリアの王城に顔を出すこと。

 そして、穀物50キロを受け取り、前哨基地のアッシュバレルに運び込む。


 それを繰り返しているだけだ。


 やることがない日は、昼寝をするか、だれかの世間話に付き合う。

 この地の情勢や、うわさ話を聞いて、情報を集めるのもオレの役目。


 ルミナス・ノードへの開通まで、あと20日くらいらしい。

 日々、無駄に過ごしているので、エレメント・コアの征服から何日経ったのかも把握していない。

 ストームカレンダーに「272」という数字が浮き出ているので、たぶん3週間くらいかな。



 アッシュバレルは騒がしいが、平和そのものだった。

 ときどき、エレメント・コアに向かう大規模な荷駄隊が通過していく。

 ヘラジカに引かれた複数台の荷車。

 それに、十数人のプレイヤーの警護がついていた。


 エレメント・コアの周辺には、まだ僅かなウィルコープスが徘徊しているらしいが、今に至っては、遭遇するのも難しいくらいの数に減少しているようだ。

 周辺の脅威は、森で縄張り争いをしている、オオカミやクマに変わった。


 今回のログインでも、とくにこれといった出来事はなかった。

 あっという間に、予定していた4日が過ぎた。

 向かいの宿屋の部屋を借りて、ログアウトした。





 ログアウト後、ストームの部屋に戻る。


 目を開けると、部屋にはダレもいない。

 経過した現実時間は58分だった。


 ニフィル・ロードでの4日間の体験が圧縮され、現実世界の記憶に塗り替わっていく。


 数秒も待たずに、ログインゲートが現れる。

 ログアウトしてきたのは、ストームだった。


「痛っ……っ!」

 姿を現したストームが、右の足首の湿布を押さえがら、座り込んだ。

 湿布の匂いが、オレに鼻にも届く。


 しばらく「いててて」と、足をさすったあと、顔を上げてオレを見た。


「ねぇ、総司。あれって総司がなんかしたの?」

「うん? あれってなんだ?」

「わたしの学校のやつ」


 ああ……そうだな。

 ストームには、言っておいたほうがいいよな。

 説明不足で不安なのは、オレも仕事で身に覚えがある。


「オレが、達郎んとこのギャングに依頼した」

「そっか。わたしはどうなったの? どうなるの?」


「どうだろうな。

 学校に行くかどうかは、おまえ次第だが……

 あのギャング連中が、ストームや生徒に手を出すことはない。

 それでも困ったことがあったら、オレに教えてくれ。

 間に合わなかったら、ガキがたむろしているところまで逃げろ」



「そっか。わかった」


 まだ、不満そうな顔をして、俯いている。


「ありがとう」

 小さくて、聞き取りにくい声。

 でも、次の言葉は、聞き取りやすかった。

「だけど、ちょっと、やりすぎ」


「っフフ。そうだな。やりすぎたな」


 また、ログインゲートが出現し、未希もこの部屋に戻った。


「みきさん、おかえり」

「えへへ。ただいま。まゆさん、面接どうだった?」


 未希と目を合わせたストームの緊張した表情がゆるんだ。


「ボストンの大学に、推薦してくれるって言ってた。今月中に出願したいから、論文書けって」


「へえ~すごいね」


 仮想世界で、大学の推薦……って。

 どういう次元の話だよ。


「ちょっと待て、ストーム。

 そんなの、本当に信じられるのか?

 アーネストって75年前の人間だよな?

 大学って、どっちの世界の大学だよ」



「大学は、現実世界にあるボストンの大学。だから、論文もこっちで書いて、今月の24日に推薦してくれる人に渡す」


「どこで?」

「羽田の第3ターミナルだって」


 心配だ。

 騙されているとしか思えない。


「おい、ストーム」

「んん?」

「次のログインで、オレもそいつに会わせろ」


 ストームの青白い口元が歪み、白い歯を覗かせた。

 皺をつくり目元を緩ませる。

 現実世界で見たのは、いつぶりだろう。

 ストームの笑顔を、久々に見た。


 上手い話に、騙されている人間の顔にしか見えない。



「んん。わかった」



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