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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.1.17 - 大ウソつき


「わたしね」

 ストームの涙声。

 脚に巻いたスカートに顔を埋めたまま、モゴモゴと喋り始めた。


「みきさんが、初めての友達」

「そうか」


「小学校も中学校も。いつもひとり。高校は……最悪」

「そうだな」


「みきさんてスゴイね。みんなと仲良くできて」


 言っていいのか迷ったが、ストームなら構わないだろう。

「未希は、ウソまみれだぞ」


「ふふ。知ってる」

「え?」


「みきさんはね、一貫した嘘つき。グラデーションしてない」

「そうなのか」


「みきさんは、デジタル模様みたいなウソとホント」


 ストームが顔をあげた。

 ひどい顔だ。

 涙と鼻水と、土埃でぐしゃぐしゃの顔。

 いつもの、切れ長の目と長いまつげも台無し。


「わたしは、みきさんのウソを不快に思ったことは一度もない」


 ぐしゃぐしゃのストームの顔が、にやけた。


「だってわたしは……」


 ふっと、悲しい表情に戻って、また顔をうずめた。



――わたしは、大ウソつき。


 ウソなんてつきたくないのに。

 息ができないから、ウソをつく。


 この世界も、この国も、学校も家も嫌い。

 わたしの居場所じゃない。

 そんなのどこにもない。


 わたしは、ウソをついて生きてる。


 お腹空いた。ウソ。

 宿題やらなきゃ。ウソ。

 勉強しなきゃ。ウソ。

 お風呂入りたい。ウソ。

 お父さんお帰り? ウソだよ!

 お母さん、行ってらっしゃい?


 ウソにきまってるじゃん!

 帰ってこないし!


 ヨシコさん、部屋掃除して?

 もうやめて! 勝手に動かさないで!


 ゲームやりたい……それはほんとかな。

 なにもしたくない。

 だから眠い……それもほんと。


 でも、起きなきゃはウソ。

 学校に行くのもウソ。


 死にたいのもウソかも。

 怖いから。


 だから、もうずっと、寝ていたい。

 この世界に、わたしが見たいものも、知りたいものもない。

 生きる意味がないから、起きている必要もない。


 わたしにとっては。

 生きることの全てが、ウソ――




 気がつかなかった。


 呼吸を荒げながら、絞り出すように、静かに繋いだ心の叫び。

 暗闇でもがく、呻き声。


「でもね、最近は、ホントが増えたんだ……」


 また顔を上げた。


「ニフィル・ロードを冒険したいのはホント。

 みきさんと、おしゃべりしたい。

 一緒にご飯食べて、いろんなところに行きたい。

 みきさんと、総司と、もっと冒険したい。

 それとね……」


 ストームが空を見上げ、目に輝きが戻る。


「ニフィル・ロードを解明したい。あの世界に没頭したい。

 仮想世界で必死になっても、無意味かもしれないけど。

 没頭してると、死にたいことも忘れる。

 生きる意味が塗りつぶされていく気がする」


 またスカートに顔を埋めた。


「でも……現実世界が邪魔。

 お風呂入れ。部屋片付けろ。ちゃんとご飯食べろ。

 受験しろ。勉強しろ。学校行け。

 学校なんて行きたくない。邪魔されるだけ」



「ストーム」

「……ん」

「学校の友達、いなくなってもいいか?」

「いなくなるどころか、最初からひとりもいないよ」


「ストーム」

「ん?」


「おまえは、オレ達の隊長だ。オレに命令してみないか?」

「なにを?」


「敵をやっつけろって」

「どうやって。現実世界で暴力はダメだよ」


 こいつ……

 自分がこんな目に合わされてるのに、それを言うか。


「暴力なんて使わないよ。友達はできなくなるかもしれないが、簡単に解決できる方法がある。どうだ?」


「ん……どんな方法?」

「同じことをするだけだ」

「え……暴力はダメだよ?」

「ガキ相手にそんなことしないよ。オレだって捕まりたくないしな」


 ポツポツと、雫が頬にあたる。

 雨が降り出した。


「冷たい……」

「降り出したな。ストームはどうするんだ? 学校行くのか?」

「んん、帰る」


「タクシーでいいなら、近くまで送る」

「うん。総司、送って」


 オレのことは、呼び捨てで、しかもタメグチ。

 どうして、学校では、こんな目に合うんだ。


 まぁいい。

 とにかく、立ち上がる。

 このままじゃ、ストームが風邪を引く。

 雨が強くなる前に、タクシーを捕まえよう。


 ストームが立ち上がろうとしたら、顔を歪めて、崩れ落ちた。

「いっ……」

 右脚を押さえている。


「どうした」

「足が」


 靴を履いてないほうの足。

 血が出ているわけでもなく、腫れているわけでもない。

 捻挫かな。


 背中を向けてしゃがむ。

 ストームの腕が、オレの首に巻きつく。

 か細い腕で、オレのクビを締め上げた。

 たいしてチカラもないくせに。


「いいぞ。しっかり捕まってろ」


 ニフィル・ロードでも、いちど負ぶったことがある。

 あの時は10キロ近い荷物を抱えて、ストームを背負って森の中を何キロも歩いた。

 それに比べたら遥かにマシだ。


 パラパラと小雨が降り注ぐ。

 ストームを背負って、草野球場を横切る。

 大通りに出て、タクシーが来るのを待った。


 ストームは軽い。

 ちゃんと喰ってんのか……


 いや、喰ってないな。

 こいつの主食は、カップラーメンと出前のピザだ。


「飯でも喰ってくか」

「うん……やめとく。だってこんな格好だよ」



「それもそうだな。弁当でも買ってくか」

「うん」




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