5.1.16 - 試合開始
タクシーに乗ったまま。
駅から大和女子までの通学路を辿った。
橋を渡るとき、上流か下流かで迷ったが、下流にした。
運転手に、川沿いを下流に辿れと伝える。
そのまましばらく走ったが、ストームとおぼしき姿は見えない。
水面は、コンクリートで固められた壁の下。
タクシーからじゃ、よく見えない。
何百メートルか下ったところで、オレはタクシーを降りた。
今度は上流に向かって歩く。
見落としがないよう慎重に、ストームの影を探した。
スマホを取り出し、メッセージを打ち込む。
『ストーム。どこだ?』
返事はこない。
もしかして、ニフィル・ロードにログインでもしたのか。
あいつなら、あり得る。
だとしたらあいつは、今、この世界にいない。
それなら、それでいい。
見つけられなくたっていい。
今は、オレの気が済むまで、ストームを探そう。
とにかく、歩いた。
いい加減、雨が降り出しそうだ。
駅前を通り過ぎ、さらに上流へ。
川が細くなっていく。
もう、川と呼べるほどの川じゃない。
用水路だ。
その用水路沿い。
市営グラウンドのような、草野球場の片隅だった。
用水路の壁を背にして、フードを被った少女を見つけた。
スカートの裾を、ヒザの下に抱え込み、体育座りで座っている。
オレは、スマホを取り出し、メッセージを打ち込んだ。
『試合開始は何時だ?』
少女の方へと歩く。
遠くで、その少女が反応する。
パーカーのポケットからスマホを出して、画面を見ている。
キョロキョロと頭を回した。
そして、オレを見つけた。
スマホに文字を打ち込んでいる。
『あっちいって』
構わず近寄る。
またメッセージを打ち込んでいる。
『なんでいるの』
無視して、近寄る。
靴を片方履いていない。
スカートの裾が、泥で汚れている。
土で汚れた指先で、文字を打ち込んでいる。
またスマホが震えた。
どうでもいい。
いつもは、流れるような長い黒髪が乱れている。
靴下も泥まみれ。
フードの隙間から覗くのは、泥がこびりついた頬。
反対の頬は、ぶたれたように青くなっている。
わけも分からず、オレはこぶしを握りしめていた。
歯ぎしりの音がする。
冷気を感じる液体が、こめかみの毛細血管から全身に広がっていく。
自分の毛が逆立つのを感じる。
なんだよオレ。怒ってるのかな。
怒ったのなんて、もう何年も前だ。
そんな感情忘れたよ。
足を進めるたびに、ストームの鼻をすする音が聞こえる。
黒いジップパーカーの袖が、しっとりと濡れている。
足が重い。
視線はストームに向いているのに、オレの焦点は違うところにある。
眩暈がしそうだ。
なんで歩いているのか、忘れそうになりながら、脚を動かした。
気がつくと、真下にストーム。
スカートの裾からはみ出たヒザに、血が滲んでいる。
そのヒザも、スネも、腕も、土で汚れていた。
とにかく、ストームの隣に座った。
そしたら、少し落ち着いた。
ストームは今、オレの隣で座っている。
生きているし、呼吸もしている。
それでいい。
それだけでいい。
まだ間に合う。
ストームは、転んだのかな。
「転んだのか」
ずいぶん、派手に転んだな。
「派手に転んだな」
オレの、心の声が漏れた。
ストームは、心のタガが外れた。
まるで、試合開始のサイレンのように、ストームが大声で泣き出した。
スカートも、パーカーも。
その下のブラウスも、リボンにも。
ところどころに、色のない染みがある。
ここで、ずっと泣いていたのだろうか。
そんなに泣いたら、喉が乾いただろう。
コンビニで、水でも買ってきてやればよかった。
ああ……
オレの悪いクセだ。
なんだか、どうでもよくなってきた。
いまはとにかく。
横で、泣きわめいている少女が、落ち着くのを待とう。
それまでに考えよう。
オレになにができるのか。
なにをしてやれるのか。




