5.1.14 - ディスオーダー
夜の9時過ぎ。
店を出て、ルシアを、駅まで送る。
「じゃあね。ソウジ。おやすみ」
「ああ」
コイツがどこに帰るのか。
そんなことは、どうでもいい。
可能な限り、会いたくない。
立ち去ろうと振り向くと、後ろからルシアの声。
「ソウジ」
「なんだよ」
「やっぱり、ソウジには言っておくわ」
「まだ、なにか、あるのか」
「まゆちゃんて、ASDかなぁ?」
「えーえすでぃー?」
ルシアが、短いため息を吐いた。
「オーティズム・スペクトラム・ディスオーダー。
日本語でなんていうか分からないから、自分で調べて」
「なに言ってんだ。知らねぇよそんなの」
「私にできることがあれば、なんでも言って。チカラになるから」
「まゆのことでか?」
「そう。まゆちゃんは、もしかしたらギフテッド。神様に選ばれた少女かもしれないわよ」
「神様? あんなネクラなのにか?」
「まゆちゃんが、なにかに強烈に興味を持ったことない?」
……ある。
しかも、現在進行中だ。
あいつは、ニフィル・ロードへ行くと、人格が変わる。
「あるの? じゃあ、なおさらね。まゆちゃんを助けてあげて」
「どうやって? おまえじゃダメなのか?」
「私じゃダメよ。どう接したらいいか分からないわ。でも、まゆちゃんは、幸運なのよ。安全なヒトが近くにいる」
「安全なヒト?」
「友達でも恋人でもない。家族でもない。
まゆちゃんの手を引いてあげられるベストな人物。
無害な他人。
近くにいて、まゆちゃんを大切に思ってるひと」
「だれだ?」
「あなたしかいないじゃない、ソウジ」
「はぁ?」
「じゃね」
ルシアが、改札を抜けた。
すぐに人ゴミに紛れ、姿が見えなくなった。
神様だとか、ギフトだとか。壊れるだとか。
ABSだか、ADSだか。
オレには、なにも分からない。
分からないから、どうでもいい。
知ったことじゃない。
もやもやとはするが、どうにもならないだろ?
オレの手に負える話だとは思えない。
だから、そのまま、アパートに帰って寝た。
翌日。
9月12日、日曜日。
夕方、未希からメッセージ。
『昨日はありがとね。おにいちゃんのことみんなに聞かれた(笑)』
『途中で帰って悪かったな』
『う~うん。来てくれただけでうれしいよ』
気になったので、未希に質問した。
『ストームはどうしてる? なにか連絡したか?』
『まゆさん? うん。あした、学校行くって言ってたよ。学校終わったら、ログインするのに集まろうってメッセージした』
『そうか』
なんだよ。
いつも通りじゃないか。
明日は学校へ行くのか。
よその学校ですら、あんなに嫌がっていたのに。
それでも、ストームは、学校へ行くのか。
別に行かなくてもいい……と、思うのはオレだけか。
オレの高校時代は、朝だけ学校へ行き、授業はほとんどサボった。
文句をいうクラスメイトは、誰もいなかったし、オレのことを気に掛ける教師もいなかった。教師がオレに近づくことすらなかった。
夕方、また学校へ行って、1日いたことにした。
おかげで今は、ロクでもない生活をしている。
普通の社会人になるのは、もうムリだろう。
今はいいが、2年後、3年後。
自分の将来が、なにも見えてこない。
来年のビジョンすら、なにも考えていない。
頭の良いストームが、そんな未来を目指すはずもない。
また翌日。
9月13日、月曜日。
午前9時頃に目を覚ました。
今日も仕事はなく、やることがない。
飯でも喰いにいくかと、部屋を出る。
町は薄暗く、重たく湿った空気の匂い。
空は分厚く曇っていた。
おかげで少し涼しい。
まだ10時前。
どの店も閉まっているので、駅まで歩く。
どこかのファーストフードでいいだろう。
駅に向かっていると、スマホが震えた。
画面を見ると、ストームからのメッセージ。
短い言葉だった。
『総司たすけt』
立ち止まって、未完成のメッセージを眺めた。
いろいろな思考が頭の中を過り、パンクして真っ白になった。
どのくらいの時間がたったのか。
しばらくのあいだ、ただ突っ立っていた。
ふと、我に返ると、なぜここにいるのかも忘れていた。
スマホの画面が暗くなっている。
もう一度、画面に振れると、メッセージが変わっていた。
『このメッセージは削除されました』




