5.1.13
「学校は、嫌い」
ストームは、日本語でそう言った。
ルシアには、分からなかったのだろうか。
未希たちがいなくなり、3人になったテーブルで、ルシアだけが食事を続けている。
がやがやと騒がしいが、うるさくもない教室。
この建物自体が校内の端にあるせいか、文化祭の喧騒は届かない。
「まぁ、オレも、嫌いだけどな」
「……ん」
「ストームの学校には、文化祭はないのか」
「知らない……うち、女子高だから。あっても部外者立ち入り禁止」
「そうか」
ルシアが、英語で口を挟む。
「うん? なに? どうしたの?」
オレも英語で、言葉を返した。
「おまえは、高校行ってないんだろ」
「そうよ。中学まで」
「フランスの学校は、楽しいのか?」
「どうかしら。私は、あんまり楽しくなかったわ。勉強できなかったし」
「おまえ、頭よさそうだけどな」
「勉強は苦手。っていうか嫌い。学校よりも知りたいことが沢山あったから、15歳の誕生日の翌日に、オランダに渡ったわ」
「むちゃくちゃだな、それは」
って、オレもヒトのこと言えないか。
「いいなぁ……わたしも、どこかへ行きたい」
「あらぁ、どこに行きたいの? 私も行ってみたい国はたくさんあるわよ。一緒に行く?」
「……んん。でも受験あるし。でも学校には行きたくないし」
「まゆちゃんのダディーが許してくれないの?」
「……」
また、ストームが、黙りこくってしまった。
ルシアがフォークをテーブルに置く。
いつのまにか、すべての皿が食べカスだけになっていた。
「ミキちゃんにも、会えたし。帰りましょうか」
「は?」
「え?」
「日本の夏は暑すぎるわ。どこか、涼しいところないの?」
ルシアは、ストームではなく、オレを見ていた。
なにを考えているのか分からないが、顔を揺すって、なにかを訴えようとしている。
まぁ確かに暑い。
教室にエアコンもついているが、ぜんぜん涼しくないし、蒸し暑い。
「そうだな。帰るか」
オレも、学校というエリアには、いたくない。
思い出したくもない記憶が浮かび上がる。
それを、押し込み続けるのにも疲れた。
女子生徒のゆうこに、2千円を渡す。
おつりがどうとか言っているが、無視して教室を出た。
来た道を引き返し、どこにも寄らずに学校を出る。
最初に走ってきたタクシーを止めて、3人で乗り込んだ。
未希には、帰ったとメッセージを送った。
残念だとかなんだとか、書かれた返信。
最後の行に「見に来てくれてありがとう」と添えられていた。
ストームは、気分が悪いというので、家の近くまでタクシーを走らせる。
ストームだけ、先にタクシーを降りる。
「どうしても、話しておきたいことがある」
ルシアがそう言うので、そのまま馴染みのバーへ行くことにした。
『 Fearless Den 』
元ギャングが経営しているバー。
FDに訪れるのは、一ヶ月ぶりくらいだ。
音量を押さえたクラシックジャズが流れる店。
時間が早いのか、客は、だれもいないようだ。
「総司ちゃん、おひさー。ぜんぜん顔見せないからぁ、パクられたのかと思ってたわ」
馴染みの女店員。お決まりの毒言葉。
後ろのルシアに気がつき、目を丸くした。
「あらっ。総司ちゃんまた女連れ? しかも超美人? どういうこと?」
無視して、サイフから5千円を抜いて、女店員に渡す。
「奥の席でいいか?」
「見ればわかるでしょ。ガラガラよ。どこでもいいわよ」
「ボンジューゥ」
ルシアが、女店員に話しかける。
この店員は、英語とか分かるのだろうか。
どうでもいいか。
「こいつは、未成年だ。酒っぽい酒じゃないやつにしてくれ」
「おっけー。FD特製のジャパンカクテルを作るわね」
女店員との日本語の会話。
ルシアには分からないだろう。
「おいルシア。特製カクテル作ってくれるってよ。それでいいか?」
「ウィ。ミット、ヴァイン」
ルシアが女店員に言った。
オレには、分からない単語だが、ヴァインはたぶんドイツ語。
女店員は、理解したのだろうか。
ルシアにウインクしながら、カウンターへと立ち去った。
奥のテーブル席に、ルシアと向かい合って座る。
「ステキなお店ね。総司のお気に入り?」
「あんまりいい店じゃないから、おまえひとりでは来るなよ」
店員が、ドリンクを運んでくる。
オレのジントニック。
それと、シュワシュワと炭酸が弾ける白い飲み物。
ストローが刺さっている。
ルシアが、女店員に質問した。
「これは?」
「この店の隠しメニュー。カルピス・ホワイト・スパークリング」
ギャングのたまり場のバーの女店員が、流暢な英語で答えた。
「アー! メルシィ」
ルシアが、匂いを嗅ぐ。
なにかを嗅ぎ取ったのか、静電気を浴びたように上半身が浮き上がる。
そして、口をつける。
どんな味なのか。そのドリンクを美味しそうに口の中で転がした。
「じゃ、ごゆっくりー」
店員が立ち去っていく。
「それで、話したいことって、なんだ」
ルシアが、唇をストローから離す。
「まゆちゃんのこと。心配だから、総司に言っとく」
「まゆ? 心配? どういうことだ?」
「あの子は潰れかけてるわ。
とっても深い苦悩。
どうしたらいいか分からない。
解決する方法も分からない。
にもかかわらず、誰にも相談できない。したくもない」
「悩み? ……って、なんだ?」
「それは、私にも分からないわ。学校のことだとは思うけど、それだけじゃなくて、いろんなことが絡み合ってると思う」
ルシアは、心理学の天才。
オレのことも、会話だけで見抜いた。
そいつが言うんだから、そうなのかもしれない。
「オレや、未希の前だと、わりと普通だと思うんだけどな」
「それは、ソウジやミキちゃんは、信頼されているからでしょ。安心できる存在なんじゃない?」
だからって、オレにどうしろと。
疑問に思うことはふたつ。
……ストーム(まゆ)は、どういう存在だ。
未希の友達?
それは、事実だろう。
未希は、学校でうまくやっているようだが、あいつは演技しているだけだ。
未希が学校で見せる笑顔は、作り笑い。
オレが中学生のときに見た未希は、粘土細工のようだった。
朝、学校へ行く前。
洗面台の前で、笑顔のカタチに頬をこねる未希を何度も見かけた。
その未希が、オレとストームの前では、普通に笑っている。
一緒に花火に行きたいと言う。文化祭に来てくれと言う。
未希にとって、ストームとは、そういう存在だ。
ストームはどうだ。
今日は、ほとんど俯いたまま。
笑っているような瞬間もあったが、学校という場所、空気が、本当に嫌そうだった。
だからって、オレになにができる?
ストームは、オレになにをしてほしい?
いや、それ以前に、なにかを求めているのか?
分からない。
それと、もうひとつの疑問。
「ルシアはなんで、そんなことを気にするんだ」
「なんだか、私みたいだからね」
「……どういうことだ?」
「私も学校が嫌で、馴染めなくて、みんな意地悪で、
いろんな内面を見せつけられて……
私の周りにいる同世代は、みんな悪魔に見えたわ。
まゆちゃんも、同じなんじゃないかな?」
「だからって、オレにどうしろって言うんだ」
「私にもわかんないけど。
そうね、あのときの私は……
誰でもいいから、ずっと傍にいてほしかったかな」
「そんなこと、できるわけないだろ」
「そうなの? まゆちゃんのこと、好きじゃないの?」
「好きとか、嫌いとか、そういうのじゃないよ、あいつは」
「じゃあ、どういう存在?」
……分からない。
「まゆちゃんが、壊れてもいいの?」
あいつが、壊れる?
すでに壊れているのに?
イメージできない。
これ以上、どう壊れるっていうんだ。
「まぁとにかくね。目を離さないほうがいいわよ。いまのあの子、けっこう危ないわ。なにするか分からないわよ」
ルシアが、いつの間にか、白いドリンクを飲み干していた。
グラスの底にストローを這わせて、ズルズルと音を立てている。
やっぱり、分からないな。
ストームが、今以上に、壊れる?
なにも分からないのに、オレになにができるって言うんだ。




