5.1.12 - 学校嫌い
テーブルに座り、待つこと数分。
「ミキ~!」
向かいに座っていたルシアが、両手を広げて振りながら腰を浮かせた。
その視線の先から、上履きの未希が、パタパタと小走りで近づいてくる。
両手に皿を持っている。
隣のストームも、顔だけ動かして未希を眺めた。
未希が英語で、ルシアに語りかけた。
「わぁっ、みんな、いらっしゃい。来てくれてありがとう。
おにいちゃんも、ゴメンね。お仕事大丈夫だった?」
オレが答える前に、ルシアが返答した。
「いいのよ。今日はソウジも、お休みよ。同僚の私が言うんだから間違いないわよ」
「そうなんだっ。よかった。じゃあこれ食べて。みきが作ってるんだよ」
未希がテーブルに皿を置いた。
見た目がグロい。
引き延ばされ、黒く変色した、モツ焼きの袋。
その中に、グズグズになった野菜や、果実が詰め込まれている。
ニフィル・ロードの野営地で食べた、あのときと同じ匂い。
腸詰めパウチは、焼いた腸管の中に、酢漬け野菜や蜂蜜漬けの果物を詰め込んで、常温保存するという、オレ達がニフィル・ロードで開発した、異世界レトルト食品だ。
「こっちは、野菜のパウチね」
酢漬けの野菜。カブとネギ。それとキャベツ。
見た目はドロドロ。モツのコクが染み込んで茶色っぽく変色し、歯ごたえはクタクタ。
「こっちがリンゴのパウチ」
何日熟成させたのかは分からないが、琥珀色に変色した、焼きリンゴのようになった切り身。
立ち昇る甘酸っぱい匂いの中に、仄かな蜂蜜の香りが混ざった、焼きリンゴの風味が、食べる前から口の中に広がっていく。
ルシアが、鼻をすぼめながら、その料理に顔を近づける。
「見た目はアレだけど……いい匂いだわ。これが、異世界レトルト? ってなんなの? アニメの模造料理?」
「えへへ。それはナイショ?」
未希が、ルシアにフォークを手渡した。
ルシアはまず、野菜の腸詰めパウチにフォークを伸ばす。
そして、口に運ぶ。
もぐもぐと咀嚼し、表情を歪める。
「トロ、ボォン……こんなの初めて食べたわ」
ルシアのフォークが、止まることはなく、ひとりで平らげた。
次は、リンゴの腸詰め。
オレも、ストームも、ニフィル・ロードの森の野営地で食べている。
だから味は知っている。
逸品かというと比較の余地もなく、野営に持ち込む保存食。
中世の田舎料理のようなもの。
だが、やみつきになる味なのは間違いない。
ルシアが、リンゴの切り身を口に入れ、シャクシャクと咀嚼した。
「なんなのコレ……甘すぎないし、アップルパイよりも酸味がゆるくてコクがあって、リンゴ食感のケーキみたい」
「えへへ。よかった。お店でも大人気だよ」
「ねぇ、ミキ。ワインはないの?」
あるわけねーだろ……
「あはは。お酒はないよ。ぶどうジュースならあるけど」
「これどうやって作るの? レシピって教えてもらえるの?」
「みんなに聞かれるから、外に張ってあるよ。
あ、でも日本語だから、ルシアにはあとで、メールで教えるね」
「メルシィ、ミキ!」
未希とルシアの英会話。
にわかに、周りのテーブルの主婦集団や、家族連れの視線が集まる。
流暢な英語を操る未希。
フランス語混じりだが、丸みがあって聞き取りやすいルシアの英語。
ふたりが、笑顔で、クスクスと笑いを交えながら会話をしている。
おそらく、異様な光景だ。
エプロンの女子生徒が近づいてくる。
さっきの眼鏡の女子生徒だ。
手には皿をふたつ持っている。
オレ達のテーブルに近づき、皿を置いた。
野菜のパウチと、リンゴのパウチ。
それとフォークを2本。
未希がその女子生徒を紹介した。
「この子はね、みきのお友達で、ゆうこちゃん」
「あの。こんにちわ」
今回は、オレから視線を逸らすことなく、低く頭を下げた。
そのまま時間が止まった。
もしかして、オレのセリフを待っているのか。
なにか、言ったほうがいいんだろうか。
こういうとき、オレは、なんと言えばいいんだろう。
いつも、未希がお世話になっています?
未希の友達になってくれてありがとう?
どこの父兄だよ。
しばらく、なにも言わず、その子の顔を眺めていた。
ゆうこちゃんと紹介された女子生徒の顔が、徐々に引き攣っていく。
名前が、ゆうこなのに、それを飛び越えて夜になってしまいそうだ。
思った言葉を口にした。英語で。
「 Easy There, Dusk 」
(落ち着けよ、夕暮れさん)
「ぶっ……」
ルシアが、リンゴを噴き出しそうになったのか、口を押さえた。
オレの隣で、下を向いたままのストームも、ぷるぷると肩を震わせている。
女子生徒のゆうこの顔が、関心と興味を持った表情に変わっていく。
なんだよ、なにが可笑しいんだよ。
ゆうこが、未希を見ながら言った。
「ねぇ未希。お兄さんて外国人?」
「ふふっ、ちがうよ。無口で怖そうな日本人。だからね、ゆうこちゃん、喋らせただけでもスゴイよ」
「ふーん……そうなの……?」
遠くで、別の生徒の呼ぶ声。
「おい、未希っ、ちょっと手伝ってー!」
男子生徒の声だ。
未希が後ろを向く。
「あ、うん。いまいくー」
また向き直して、オレ達の顔を順番に見渡しながら言った。
「じゃ、またあとでね。ルシアも、まゆさんも、ゆっくり食べていってね」
「ありがとう、ミキ。これ、とっても美味しいわ」
「えへへ。よかった」
未希と、女子生徒が離れていった。
教室のカドで、ふたりの男子生徒と、会話を始めた。
「ミキちゃんは、学校でも人気者ね。カワイイもんね」
「そうなのか」
「彼氏とか、いちゃったりするのかな?」
「……さぁな。どうだろうな」
「あらぁ、シスコンのソウジとしては、放っておけないわね。ダメよ、ここで暴れたりしたら」
「なに言ってんだよ、おまえは」
「……わたしは」
ストームが、声を出した。
そういや、ここに来てから、ストームが喋ったのは、初めてか。
フードを被ったまま、テーブルの下の方を見つめている。
表情は全く分からない。
分からないまま、ストームは、言葉を続けた。
「学校は、嫌い」




