5.1.10
9月11日、土曜日の昼前。
文化祭へは行けないと断わり続けた結果。
ルシアが来ることになってしまった。
未希が誘ったわけではなく、メッセージのやりとりで、ルシアが嗅ぎつけたらしい。
興味本位なだけかもしれないが、ルシアは、必ず行くと未希に誓った。
ヒマなのか。あいつはヒマなのか。
まぁ……ヒマだろうな。
オレもそうだ。
仕事がない日は、なにもすることがない。
だが、ダメだ。
あいつらだけで、ルシアと文化祭?
それは看過できない。
だから、オレも行くことになった。
でも、行きたくない。
待ち合わせは、未希の学校の最寄り駅。
オレは5分前に辿り着いたが、ストームは既に待ち合わせ場所に来ていた。
ストームは、緑色の半袖ジップパーカーを羽織っているが、その下は学校の制服。
灰色地に水色の格子模様のスカートに、白いブラウス。
首元には青いリボン。
そして、あたりまえのように、フードを被っている。
たぶん、気温は30℃以上ある。
「おまえ、暑くないのか」
「へーき……これがいちばん……目立たない」
蒸し暑い駅前では、逆に目立っているように見えるが、ストームなりの工夫なんだろうか。
まぁたしかに、学校の中では浮かないかもしれない。
そして、汗が滲みだした頃。
ルシアが15分遅れで姿を現した。
「ボンジューゥ!」
ルシアは白と黒のボーダーTシャツに、デニムパンツという地味なコーデだった。
靴は白いスニーカー。
ふたりとも、日焼け止めクリームの匂いをムンムンと漂わせている。
「おまえ、遅刻したっていう自覚あるか」
「あら? 私の国では、遅刻もファッションよ?」
フランス人が誤解されるぞ。
「まゆちゃん、こんにちわ」
「……うん」
「とにかく、行くぞ」
「ウィ。楽しみね。日本の高校ってどんな感じ?」
「……」
「なんか、ふたりとも暗いわねぇ。学校キライなの?」
ストームは相変わらず鬱っぽい。
「……わたしは、キライ」
「おまえは、どうなんだよルシア」
「うん? 私は中卒よ」
……なんなんだ。
なんで、こんな3人で、文化祭に行かなきゃなんねーんだ。
スマホが震えた。
未希からメッセージ。
『おにいちゃん、学校ついたら教えてね』
ああ……行きたくない。
未希が通っている高校は、オレが通っていた高校とは違う。
未希は成績がいいので、それなりの進学校に通っている。
しかし、私立ではなく公立だ。
うちの母親は『学歴こそが良い人生を切り開く鍵』だという信念を持っていた。
未希は義理の母を喜ばせるために、かなり努力した。
そして、家から近く、カネのかからない、公立の進学校だけを受験し、合格したのだ。
とは言え……
未希は、100倍圧縮のニフィル・ロードで受験勉強をしていた。
ニフィル・ロードでの受験勉強は、だれが何と言おうと反則だ。
記憶圧縮で薄れるとはいえ、覚えるのではなく、考えたり解釈を要する学習であれば、薄れても、問題になりにくい。
それにしても、なんだって、進学校はどこも、丘の上にあるのか。
蒸し暑い9月の坂道を、オレ達3人は無言で登った。
そろそろ、ルシアも後悔しているだろう。
いまなら、まだ間に合う。
「嫌なら帰るか。涼しいところでジュースを飲んで帰ろう」
「あなた、お兄ちゃんでしょ。なんてこと言うのよ」
ルシアは、バッグからハンカチを取り出す。
そして、前髪の下の汗をぬぐった。
「ミキちゃんが、楽しみに待っててくれてるんだから……こんな坂道、なんてことないわ」
ルシアよりも、ストームのほうが深刻そうだった。
フードを被っているので、表情は分からない。
だが、足取りはえらく重たい。
高校の文化祭へ向かう坂道なのに、ストームの歩く姿は、死刑台の階段を登る囚人のようだった。
ルシアがストームの後ろに回り、その背中に手をあてた。
そしてストームを押す。
「いっきに、登りきるわよ!」
いつの間にか、歩行者が増え、オレ達と同じように坂を歩いている。
未希と同じ高校の制服の男女が坂を駆け降りていく。
生徒の保護者らしき年配も、汗を拭いながら坂を登っていく。
そして、ついにだ。
オレ達は辿り着いた。
未希が通う高校。
校門の上には、紙の花で飾った不細工なアーチ。
その奥には、運動会で使うようなテントが立ち並び、所々に人ゴミ。
制服を着た高校生の姿は少なく、様々な色のTシャツにジャージ姿の高校生が走り回っていた。
ルシアがその様子をキョロキョロと眺めている。
ストームは、フードを深く被りなおし、顔を完全に隠した。
ダメだ……
帰りたい。




