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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.1.09 - 文化祭


 8月31日、火曜日の夕方。

 花火の夜から8日が経った。


 未希とストームにとっては、夏休み最終日。

 未希は少し興奮しているが、ストームは鬱ぎみ。


 ニフィル・ロードへはあれから3度ログインし、10時間くらい進めたが、エレメント・コアは通行止め。動きも変化も何も無い。


 あれから、ルシアとも会っていない。

 未希とストームも、なんの連絡もしていないようだ。

 とくに、なにもないまま、未希達は夏休みを終えた。




 それから7日後。

 9月7日、火曜日の夜。


 オレの今夜の職場は、都内の競馬場。

 そこのナイター競馬で、パドックを眺めていた。


 右手には地味なブリーフケース。

 白い半袖ワイシャツと、紺色のスラックス。

 それと地味な革靴を履いている。

 オレの格好は、会社をサボって競馬場に来た、サラリーマンのコスプレだ。


 ただし、用があるのは馬でも、オッズでもない。


 ポケットには、雪山で使う雪崩ビーコンが入っている。

 レースが始まったら受信モードでスイッチを入れる。


 指示されているのは、ビーコンで対象者を探して、ブリーフケースを手渡せということだけ。

 中身は見てないので知らないが、ズッシリと重い。

 どのタイミングで、どんなヤツが来るのかは、知らされていない。

 だからオレは1レース目から、パドックを往復していた。


 怪しまれないようにレース中はパドックを離れて、興味もないのに、レースを眺める。

 レースの合間にまたパドックへ来て、雪崩ビーコンのスイッチを入れる。

 人ゴミの中に埋まっているのであろう、対象者を探す。


 4時間以上経っていた。

 パドックとそれ以外の場所をただ往復するだけだった。

 最初の何レースかは、馬を眺めていたが、それも飽きた。


 馬券を買う気にはなれない。

 オレはギャンブルに興味がない。


 そしてメインレースの1つ前。

 ようやく、ビーコンが反応した。

 液晶画面に、矢印と距離の表示。

 オレは帽子を深く被り、サングラスをかけた。


 そのあとに、矢印が示す先の人ゴミに視線を向ける。

 ぱっとみ、普通のオッサンや若者ばかりで、見分けがつかない。


 しかたなく、矢印の方へと歩く。

 数十メートルと表示されていた距離が数メートルに近づく。

 そこには、ひとりしかいなかった。


 中年のサラリーマン。

 荷物はなにも持っておらず、両手をスラックスのポケットに突っ込んでいる。


 その男に近づく。

 声を掛ける。


「すいません、前のレースの馬連はいくつでしたか?」


 男が顔を向ける。

 短髪で、裸眼。なんの変哲もない、普通のサラリーマンの顔。


「6-8です。それがなにか?」


 前のレースの馬連は、5-7。

 これ以上ない、合言葉。

 オレは笑顔を作り、その男にブリーフケースを渡した。

 仕事の同僚に会い、荷物を頼むかのように。

 男も、表情を変えることなく、ブリーフケースを受け取った。



「それではまた」


 オレはパドックを立ち去った。

 今夜の仕事が終わった。




 帰りの電車で、未希からのメッセージを受信した。

『11日、まゆさんと来られそう?』


 11日。今週の土曜日。

 未希の学校で、文化祭があるらしい。

 ストームを誘って、来てくれと未希に誘われていた。


 そんなところ、絶対に行きたくない。

 この世でオレが嫌いな場所の1位と2位。

 それは、実家と学校だ。

 3位を挙げるとしたら警察署だろう。

 そのくらい、行きたくない場所だった。


『仕事があるかもしれないからムリだ』


 いまのところ、なんの予定も入っていないが。


『おにいちゃんも、食べたいでしょ。みきの異世界料理』


 未希は、上級生と合同で、飲食店をやるらしい。

 しかも、未希考案の「異世界中世料理」を提供するのだと言う。

 レシピはオレ達が、ニフィル・ロードで食べた、腸詰めパウチらしい。

 あれは確かに美味い。

 美味いが、そんなもの出して、学校の食品衛生はどうなっているんだ。

 ハラ壊しても、現実世界じゃログアウトできないんだぞ。


 未希のメッセージが続く。


『まゆさんがね、最近元気ないでしょ? まゆさんを誘ってあげてほしいの』


 未希の言う通り。

 この数日、ストームは、元気がなかった。


 色白で無口で、人見知りなのはいつものことだが、それにも増して覇気がない。

 あいつに似合わず、ぼーっとしていて、頭の回転のキレがない。


 たしかに、少しは気になるが。

 それでも嫌だ。

 いくら未希の頼みでも、行きたくない。



 ストームも乗り気では無いようだし。

 だから、オレも、行くつもりは無い。




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