5.1.08
夜の8時に、花火が終わる。
花火の残音がまだ残るうちに、エンジンをかけ、船を動かす。
「マリーナが混む前に、戻さないと捕まっちまうんだよ」
船は、数分で釣り船屋の岸壁へと戻る。
それからオレ達は、未成年の未希を理由に、帰ると告げた。
ルシアはまだ名残惜しそうだったが、しぶしぶ納得してくれた。
やっと帰れる。
爺さんとルシアの見送りを伴い、大通りまで歩く。
なかなか、走ってこない空車のタクシーが捕まるまで、未希とルシアは、ドイツ語で会話をしていた。
爺さんにも分かるようにという、未希の配慮だろう。
最後に、ルシアと爺さんに、深々とお辞儀をしながら、お礼の言葉を繋げたようだ。
「またいつでも遊びに来いよな」
爺さんの言葉を聞き流しながら、未希とストームを後部座席に押し込む。
最後にオレも乗り込み、運転手に行き先を告げる。
タクシーが走り出すと、未希がカラダを捻って、遠ざかるルシアと爺さんに手を振った。
最初の交差点を曲がると「ルシアはなんなの」という質問攻め。
さっきまで、静かだったストームも、やけに興奮していて、早口だった。
「明るくて話しやすくて、超イイお姉さんだった」
まぁそうだろうな。
ルシアはそういうヤツだ。
「なんなの? どういうヒト? 総司の彼女?」
「違うって言ってるだろ。迷惑でしかないヤツだ」
「ええ、なんで? 嫌な感じが、ぜんぜんしない」
それが不気味なんだよ……
「あいつは、人付き合いの達人で悪人だ。騙されるなよ」
「それ言ったら、総司の方が、何倍も怪しいんだけど」
それもそうだな。
「でも、みきね」
「うん?」
「ルシアのこと、見たことある気がするの」
「は? いつ?」
「わかんないけど、英語を教えてもらった女の人に似てた」
「どこで教わったヒトだ?」
「みきがね、まだ小学生で、最初の頃だよ。カウント23」
「え……? それって、あっちでってこと?」
ストームが、未希の顔を覗き込む。
未希が、こくりと頷く。
「……うん、でも、よく覚えてない」
そういえば……
馴れ馴れしいルシアに気おされて忘れていたが、オレもそうだった。
オレも、ルシアと似た人物に、エレメント・ノードで会ったことがある。
オレの性格を見抜き、ストームや未希のことを知っていた黒髪の女性。
だが、あの女性は、もっと年上だった。
ルシアの姉か母親だと言われても、納得するくらい、よく似ていた。
それを思い出していたら、未希がまた呟いた。
「でも、もっと年上のお姉さんだったような気がする」
まさかな……
「総司。本当になんなのルシアって? あっちの世界に関係あるの?」
「それは、オレが知りたいよ。何度かその質問をしたこともあるが、ルシアは、知らないと言っていた」
ウソかもしれないが、ウソをついているようには、感じなかった。
「みきさんの記憶にある、女の人って何歳くらいだったの?」
「ええ、わかんない。ぼんやりとしか覚えてないから」
「どういうとこが似てた?」
「う~ん……声とか。髪の色とか……全体のシルエット?」
未希がタクシーの天井を眺めている。
「あっ、それと、優しい感じも」
当てにならないな。
未希の記憶の断片は。
それでも、ストームが、オレ達のモヤモヤを言葉にした。
「未来で、ログインするのかな。ルシアさんも?」
……もし、そうなのだとしたら。
今のルシアが、ニフィル・ロードのことを知らなくても不思議はない。
いったい、どういう繋がりで、ルシアがニフィル・ロードに現れるのか。
なぜ、今、エレメント・ノードで姿を現さないのか。
なにも分からない。
今のルシアに問いただしたところで、ウソだろうが真実だろうが、これまでと同じように、知らないと答えるだけだろう。
どこかから、スマホのバイブレーションの音。
オレのスマホではなかった。
未希とストームが、同時に、自分のカバンに手を伸ばし、スマホを取り出した。
画面を操作し、アプリを起動している。
「あ、ルシアだ」
「……わたしも」
「は?」
「ルシアにね、アプリのID教えてもらった」
「まさか、おまえら、ルシアと連絡先交換したのか」
「うん。グループチャット。フランス語と日本語を教えっこしようだって」
しまった……うかつだった。
ルシアは、オレと同じ、裏社会の人間だ。
未希とストームに、会わせるべきでは無かった。
このふたりとルシアを、深く関わらせたくない。
こっちの世界に、引き込みたくない。
どうしたらいい……




