5.1.03
タクシーで桜木町の駅へ。
駅前でルシアを拾う。
「クック。ソウジ。元気してた? 帽子似合うじゃん」
ルシアは、クリーム色のキャミソールドレス。
その上から、肩が透けたレースのケープを羽織っていた。
めずらしくオシャレをしている。
「今夜もおまえが店長か。ルシア」
「店長?」
「仕事の詳細は、聞いてるのか?」
「チケットを渡して、3人でクルーズディナーすることしか聞いてないよ。でも花火が上がるんでしょう。楽しみ」
「楽しみって、おまえなぁ……」
「まだ、時間あるね? どうする?」
飯でも喰うか。
そのまま、そのタクシーで、赤レンガ倉庫の方へ戻る。
少し手前でタクシー降りて、待ち合わせ場所のすぐ近くにあるハンバーガー屋に入る。そこで、時間を潰すことにした。
オレもルシアも、昼飯を食べていなかったので、ハンバーガーを食べた。
ハンバーガーも、ドリンクも高い。
地元の蕎麦屋なら、天ぷら定食を晩酌付きで食べられるくらいの金額だ。
それから待ち合わせ時間まで、ルシアは喋り続けた。
これも、仕事なんだと自分に言い聞かせ、オレはひたすら耐えた。
5分前に店を出る。
念のため、サングラスを掛ける。
「なにそれーにあわねー」
ウルセェよ。
おまえはいいのかよ、そのままで。
待ち合わせの場所までは、1分もかからなかった。
そこで、しばらく待つ。
昼間よりも、さらに人が多い。
時間より10分遅れて、対象とおぼしき人物が現れた。
カップルや家族連れの日本人が行き交うなかで、異質な存在。
葬式で着るような、丈の長いイブニングドレス。
それを上品に着こなした、年配の白人女性だった。
マダムという単語が、ピッタリの女性だ。
髪の色は、白が多く混ざった薄茶色。
キョロキョロと辺りを見渡している。
そのマダムに、ルシアが話しかけた。
英語ではない。
ドイツ語に似ているが、違うな。
マダムの髪の色が、すぐそこに生えている樹皮と似ている。
肌の色もたいして変わらないので、街路樹が喋っているように見える。
樹木の言葉は、オレには分からない。
その後ろに、黒髪の中年男性がふたり。
鼻が真っ直ぐの白い肌。どちらも、日本人ではない。
さっきから、ずっとマダムの後ろに立っている。
立ち姿が、どう見てもボディガードだ。
「ソウジ、チケットは?」
ルシアが、英語で喋りながら、オレに視線を向けた。
「ああ」
オレはサイフからチケットを抜き取り、3枚すべてをルシアに手渡した。
ルシアがまた、マダムと会話を始めた。
オランダ語かもしれないな。
にしても、今日の仕事。
オレ必要か?
ルシアがまた、振り返る。
「ソウジ。クルーズ船の桟橋分かる? 案内してほしいんだけど」
「おーけい、ボス」
「タクシー?」
「歩いて5分だな」
「ア、ウィ!」
ルシアがまた、マダムに話しかける。
マダムがオレを見て、口元を綻ばせながら、微笑んだ。
ルシアがこちらを向けて、右手でOKのサイン。
桟橋に向かって、歩き始めた。
うちの仕事も、ずいぶん国際的になったもんだな。
駐車場を抜け、赤レンガパークへ。
とにかく人が多い。
歩く隙間は、1メートルも無い。
オレは、数秒置きに後ろを確認しながら、桟橋へと向かう。
いったい、どういうつもりだ。
なんで、こんな日を選んだんだ。
倉庫の前を横切り、桟橋の近くへ。
桟橋のあたりは、少し疎らだ。
ここまで来れば分かるだろうというところで足を止めた。
振り向くと、ルシアが、オレに話しかけた。
「私達は、乗らなくてもいいみたい。残念だね」
まったくもって残念ではない。
オレとルシアは桟橋の手前で、マダムとツレの男がクルーズ船に乗るのを見届けた。
「おいルシア。これで仕事は終わりか?」
「終わりじゃないかなぁ? 私達が一緒に乗る予定だったのにね」
雇用主にメッセージを送る。
『対象3人の乗船を見届けました』
ルシアとふたりで、出航前のクルーズ船を眺める。
花火イベント当日のディナークルーズ。
いったい、いくらするんだろうか。
スマホが震える。
『対象3人ってなんだ? おまえ達は乗ってないのか?』
なんだよ、雇用主側も予定外か。
返事を打つ。
『白人女性と、白人の男2人で乗船しました。どうしますか?』
また、返事を待つ。
人ごみの密度がどんどん上がっていく。
横でルシアが、浴衣姿の若い女性を目で追っている。
スマホが震える。
雇用主からと思ったら未希だった。
触れようとしたところで、雇用主からの返信。
先にそっちを開く。
『おまえ達は解散だ。すぐにその場を離れろ。ごくろうさん』
仕事が終わったようだ。
結局、オレの仕事は、ただの道案内。
しかも、歩いて5分。
オレ、必要だったか?




