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4.9.10 - 駒から見た盤面


 12本の矢で、70体近くを薙ぎ倒したストーム。

 これまでにも、いろいろ見てきたが、ストームの魔法は次元が違った。


 前哨基地の守備隊50人よりも、ストームがひとりいれば事足りる。

 見せつけられたのは、それくらいの威力だった。


 それでも、2回以上の連発は、無理のようだ。

 汗ばんでいるわけでも、ふらついているわけでもない。

 なんというか、気の抜けた顔。

 高校球児が、9回ツーアウトから逆転サヨナラ負けを喰らったような顔をしている。

 魔法による集中力の低下。それが表情に現れていた。



「さぁ、次は私たちの出番よ! いくわよ!」

 ソフィアの掛け声。

「あいよ」

 ミラーが呼応する。


 オレ達、近接組の出番だ。


 オレとミラーを含めた、近接6人が、武器を片手にウィルコープスの群れに突入した。


 ソフィアの目つぶしが、2列目のウィルコープスの視界を塞ぐ。

 オレ達は、ウィルコープスの最前列に斬りかかる。


 その前列を斬り倒すと、背後から花の匂い。

「後退!」

 ストームの声。

 眼を潰されたウィルコープスが、オレ達の足音を追いかける。

 そして、たったいま切り刻まれたウィルコープスの死体に躓いて転んだ。

 オレ達は、地面に這いつくばるウィルコープスに駆け寄り、武器を振り降ろす。


 次は、右後ろから花の匂い。

 その方向へと後退すると、別のチームの遠距離弾。

 複数の矢が、3列目のウィルコープスの群れに降り注ぐ。


 そしてまたストームの号令。

「GO!」

 死体が転がっていない正面に、近接6人で突入する。


 次の群れには、雰囲気のことなる1体が混じっていた。

 動きの細やかさが明らかに違う。

 1メートル以上ある両刃の剣を両手で掴んでいる。

 ロングソードってやつだな。

 いつもなら、そんな重たい武器、剣先のスピードで腕を斬り落とすのだが、コイツはその重そうな剣を、小枝のように軽々と振り回していた。

 避けるだけで精一杯。近寄ることができない。


 攻めあぐねていたら、葉っぱが2枚。

 風もないのに、飛んで行く。

 すると、そいつの両目にペタンと張りついた。

 ウィルコープスが顔を揺らし、葉っぱを落とそうとしているが落ちない。


 オレは大股で踏み込み、そいつの両腕を斬り落とした。

 そのまま、肩で突き飛ばし、サンダーソニアを脇腹から滑り込ませる。

 斬った感触はないが、ウィルコープスのカラダが崩れ落ちた。


 少し下がって、後ろを見ると、ソフィアが右手の親指を上げながら、ウィンクを飛ばした。


 また、花の匂い。

 こんどは、結構遠くから香ってくる。


 オレ達はそこまで下がった。

 何メートルか間を空けて、ウィルコープスが追いかけてくる。


 振り向いて、剣を構えると、どこかから号令。

 突出してオレ達を追跡してきたウィルコープスに、左右から別のチームが襲い掛かった。

 挟みこまれたウィルコープスの群れが、一方的に切り刻まれていく。



 また、どこかから号令。挟撃した20人近いプレイヤーが一斉に引いていく。

 すぐ近くから、ストームの掛け声。


「ゴー! あの群れに突撃!」


 ストームが指を向けた先に、よそ見をしているウィルコープスの一団。


「おっしゃぁ! おりゃぁぁああ!」

 ミラーが奇声を上げて、斧を振りかざして駆け込んでいく。

 オレも、他の剣士たちもそれに続く。



 不思議だ。

 そして、奇妙だ。


 大量の味方プレイヤー。

 大量のウィルコープス。

 どこかのスクランブル交差点のようだ。

 狭い範囲に、何百という数が入り乱れている。


 にもかかわらず。

 味方が邪魔にならない。

 邪魔になるのは、ウィルコープスだけ。

 邪魔なウィルコープスを、斬り倒していくだけでいい。


 オレ達は、なにも考える必要がなかった。

 ただ、ひたすら、ストームの掛け声で駆け寄って、斬りかかる。

 息が上がる前に、花の匂いのする方へ下がる。

 すると、別のチームが襲いかかる。

 呼吸を整えて、また切り込む。


 なんだか、少し楽しい。面白い。


 また下がれと、何度目かの花の匂い。

 こんども、下がる距離が長かった。



 いつのまにか、ウィルコープスの塊ができていた。

 森の中の広い空間に、数十体のウィルコープスの群れ。

 その中、近くには、プレイヤーはひとりもいなかった。


 ウィルコープスの群れだけが、ひと固まりになっていた。


 そして地響き。

 ゴロゴロと、複数の何かが転がる轟音。


 視線を向けると、大きな円柱が、横倒しで転がってくる。

 土管のような太さの丸太だった。

 それが、ひと固まりのウィルコープスの群れに転がっていく。


 群れはまるで、数十本にまとめられた、ボーリングのピンのようだった。

 あとはそれが薙ぎ倒されていくのを眺めていただけ。


 荒れ狂う丸太が通りすぎると、立っていたウィルコープスは、僅か数体。

 間を置かずに、方々から、矢や魔法の飛翔物が飛び、それらも薙ぎ倒された。



 あたりが静かになった。

 聞こえてくるのは、僅かなざわめき。

 装備が擦れる音。衣服や顔を擦る音。汗をぬぐう音。

 誰かが、大きく息を吐く音。


 さっきまでの、乱闘騒ぎの喧噪がウソのように、さわさわと風が通り過ぎる音が鼓膜を揺らしていく。



 しばらくして、辺りから、大きな歓声があがった。


 戦闘が終わったんだろう。

 そして、勝利したんだと思う。


 オレはなぜ、ここにいて、なぜここで戦ったのか。

 この戦闘になんの意味があったのか。


 オレには、まったく分からない。

 ただ、いけと言われて、対峙したウィルコープスを切り刻んだだけ。



 洗濯機の中の洗剤。

 そんな気分だった。

 なにも考えず、ひたすら、渦の中で剣を振っていただけだ。


 指示された場所へ流されたら、そこに全てが用意されていた。

 敵も味方も。生も死も。




 勝利したという実感は無かった。


 巨大な盤面に置かれた、何千もある駒のひとつ。

 そこから眺める戦争の景色。


 勝利した?

 違うな。


 敵がいなくなり、進む必要が無くなった。



 駒から見えたのは、それだけだ。




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