4.9.09
翌朝。
オレ達は、キャンプを出発した。
第2陣だからかもしれないが、オレ達の出発は、夜明けのだいぶあと。
朝陽がすっかり昇ってから、森へと入った。
歩く先の地面には、あちこちに、動かなくなったウィルコープスが転がっている。
オレ達は中央軍。
少し距離をあけて、北にも、南にも、千人規模の集団がいるらしいが、ここからでは見えない。
ときおり、遥か前方が、少しざわつき、全体の足が止まる。
そして、また移動を再開する。
その繰り返しだった。
歩く先で、なにが起きているのか、まったく分からない。
ただひたすら、ウィルコープスが点々と転がる森を進んでいくだけ。
ストームは将棋の駒だと言ったが、それ以下だ。
駒の端っこ。駒に描かれている文字の点かなにかだろう。
昼頃になって、ようやく指示が出た。
列を離れて、南南東へ進めという指示。
オレ達の他にも、いくつかのチームが、本隊から分離して南南東へと向かった。
分離したので、戦闘もあるかと思っていたが、オレ達は第2陣。
戦闘は、やはり遥か前方で発生しているようだ。
状況は、なにも分からない。
それでも、そこら中に転がるウィルコープスの死体が、なにが起きたのかを説明している。
とにかく、退屈だった。
昼をすぎると、退屈もピークに達したのか、ソフィアとミラーはあくびを連発。
ストームと未希、それとエレーナの3人は、ぺちゃくちゃとどうでもいい会話を続けている。
夕方近くに、小川に到着。
川幅は狭いし、深さもせいぜい膝くらい。
歩いて渡れる小川だ。
たぶん以前にも、キャンプを設営したことのある小川。
その下流だと思う。
付近には、4チーム40人のプレイヤーがいる。
オレ達10人を含めると50人。
見える範囲には、さらに多くのプレイヤーの姿がある。
そして死体だ。
動くウィルコープスの姿はどこにもないが、川の周囲には、おびただしい数の死体が転がっていた。
いったいいくつあるのか。
すべてウィルコープスの死体だ。
ストームが告げた。
「今夜は、ここで野営するから、ウィルコープスの死体をどけて、寝る場所の確保。そのあと焚火の設営。それを2チーム分作る。
日が暮れる前に全部終わらせるよ」
なぜ2チーム分?
という疑問はあったが、時間がないので、とにかく作業を始めた。
オレとミラー、それと数名の剣士で、ウィルコープスの死体を離れたところに積み上げる。
他は、焚火の設営。
川のこちら側と、向こう側とで、それらを2カ所。
他のチームも、少し離れたところで、似たような作業をしている。
結局、オレ達は、1度も戦闘をしなかった。
本当にここは、戦場なのかと疑いたくなるが、第1陣が散らかした死体を片づけているのだから、そうなのだろう。
陽が暮れるころ。
焚火をふたつ作らされた理由が、森の奥から姿を現した。
血で汚れたプレイヤーの集団。第1陣の5チームだ。
彼らが、オレ達50人と合流。
ケガを負っている者が、ちらほらといる。
死んで退場したプレイヤーも、僅かにいるらしい。
そして、川を挟み100人近いプレイヤーが、今夜、ここで夜を過ごすことになった。
夕食が終わると、ストームとミラーが軍議に呼ばれた。
小一時間で戻り、ストームが明日の予定を告げた。
「明日は前線に出ます!」
ストームの目が、ギラギラと輝いていた。
「なにがそんなに嬉しいんだよ……」
「退屈しないで済むでしょ。前線組は見張り当番もパス。今夜もぐっすり休んで、明日に備えて」
寝ろと言われてもな。
実は、昨日も、オレはよく眠れなかった。
見張り不要と言われても、知らない連中だらけの場所で、しかもこんな野宿で、寝付ける連中のほうが不思議だ。
「それで、わたし達の戦術なんだけど」
「戦術?」
オレ達は10人。
オレを含めた顔見知りの6人と、まだロクに名前も覚えていない軍属の剣士が4人。
「わたし達は、術師が4人もいるからね。エレーナって攻撃できるんだっけ?」
「あたしは、攻撃ムリだけど、これならできるよ」
エレーナが、ポーチから花びらを数枚取り出して、オレ達に配った。
そして、目を閉じて魔法を掛ける。
「んん? なに?」
ふいに、全員が、右を向いた。
突如、右側から花の香りがしたのだ。
「お花で意思伝達。すごいでしょ。ちょー練習した」
「すごい! え、これどのくらいの距離までいけるの?」
「50メートルくらいかなぁ」
「エレーナは、わたしと一緒にいて」
「オッケー」
「未希さんもね」
「うん」
「未希はなにをするんだ?」
「全方位の飛翔物警戒。未希さんにしかできない」
未希は、眠そうな目を、ごしごしと擦っている。
本当にそんなことできるのか。
信じられない。
「それで、オレやミラーは、なにをしたらいい」
「ソフィアの援護を受けながら、わたしが合図したら、他の剣士さん達と切り込む」
「簡単だな」
「ただし、ばらばらに動かないこと。白兵戦の6人は、互いの声が届く距離を保つ。緊急じゃない限り、単独で切り込んだりしないでよね」
「なんだか、動きにくそうだな」
「他のチームとの兼ね合いもあるから、距離感は守って」
「分かったよ」
「あと、ソフィアとミラー」
「あん?」
「なに?」
「今夜はお酒禁止」
「えー!」
「おぃおぃ。俺ぁ、呑まなきゃ逆に調子悪くなるんだぜ」
「じゃあ、二日酔い禁止。それでいい?」
「それなら、いつも通りだ」
「んん! じゃあ明日は、みんなよろしく!
寝不足注意。ケガしない。危ないことしない。
エレーナの香りの方向は後退のサインね」
なんか、子供の遠足みたいだな。
「それと! 死なないこと! ノーデスでお願いします!」
そのまま、夜が更けて行った。
オレは軽く、剣の手入れを済ませ、マントに包まり目を閉じた。
いつのまにか、眠っていた。
翌朝。
オレ達は、出発した。
他のチームも、距離をとって森の中を進んでいるのが見える。
さらに遠くにも、別の一団が歩いているのがチラチラと見えていた。
振り返ると、数百メートル後方にも、別の一団。
耳を澄ませると、どこか遠くで歓声と剣戟の音も聞こえてくる。
そして、停止が告げられた。
300メートルくらい先だろうか。
森の奥に、ウィルコープスの群れが見える。
数える気になれない数。オレ達よりも遥かに多い数だ。
おそらくこの中隊の隊長らしき人物が、手振りで合図を出している。
オレには合図の意味が分からない。
オレ達を含めた、3つのチーム。小隊が前進した。
オレ達は右翼。残りの2隊は100メートル以上空けて左側。
残った2チームも、距離を置いて追従してくる。
ウィルコープスの群れがオレ達の接近に気がつき、一斉にこちらを向いた。
そして、ノロノロと歩き出した。
ストームが停止を告げる。
それから、背負っていた矢筒に両腕を伸ばし、指で挟んで6本の矢を抜き取った。
そのまま、腕をクロスさせて目を閉じる。
指で挟んだ、6本の矢が歪む。
数秒後、その矢がストームの指を離れて、ふっと宙に浮く。
そして、両腕を、前に突き出した。
バチン、と弾丸が抜けていくような、空気を切り裂く音がすると、浮遊していた6本の矢が消えた。
矢は、ウィルコープスの群れへと、ジグザグの軌道で飛んでいたらしい。
目で追えるスピードではない。
それは、一瞬の出来事だった。
6本の矢は、それぞれが異なるウィルコープスの喉を貫通した。
そのまま、さらにジグザグの飛翔を続け、次々とウィルコープスを貫通しながら薙ぎ倒した。
いったい何体のウィルコープスを倒したのか。
25体か、それ以上。
ミラーや、周りの剣士が声を上げた。
「すんげぇ……」
「わたしはストーム……風の支配者、稲妻の矢を導く者!」
ああ……まったくだ。
もう中二病の域を超えている。
「この6カ月、わたしもめっちゃレベル上げした」
ソフィアが、鼻を鳴らしながら言った。
「技の名前も考えたんでしょ? なんだったっけ?」
「電光石火」
やっぱり、中二病だな。
「あと、もう1回いくからね」
ストームが、また矢を6本、矢筒から抜き取る。
筒の矢は、残り半分くらい。
2射目のライトニングリアクションは、40体近いウィルコープスを薙ぎ倒した。
やっぱり、もうオレ……
いらなくねーか?
■ウィルコープスとは
Will Corpse
動く抜け殻。意思をもった死体。
過去のワールドカウントで死亡し、途中退場したプレイヤーの残骸。
NPC化した状態で出現し、既存のプレイヤーを襲う。
思考にあるのは「プレイヤーを襲う」ことのみ。
プレイヤー以外の生物には見向きもせず、死体も無視する。
肉体の時間は停止し、食事も不要。
老いることも無く、死亡したときのままの状態で、エレメント・コアから出現する。




