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4.9.06 - ティナ


 オレ達は、走った。

 リュウジとロンが、活路を切り開いている。


 オレは、エレーナを背負っていて、両手が塞がっている。

 耳元で、エレーナが、言葉を放つ。

「このまま真っ直ぐ!」

「まっすぐってよぉ、嬢ちゃん、敵だらけだぜぇ!」


 リュウジが左前。ロンが右前。

 後ろを振り返る暇はない。


 リュウジはもう、頭の上から足の先まで、血塗れだった。

 ケガをしているのかどうかも分からない。


 ロンが殴る。蹴る。投げ飛ばす。

 リュウジが、匕首で切り刻む。


 その後ろ姿は、ヤクザそのもの。

 どこかの事務所に殴り込みをかけているかのようだ。

 ちょっと、友達にはしたくない2人だ。

 だが、今は頼もしかった。


 オレは、遅れないように、とにかく走る。



「あぶない! すぐ前! 埋まってる!」

「分かってるよ嬢ちゃん! 俺にも、見えてきたぜぇ」


 リュウジが、地面にカカトを振り下ろした。

 落ち葉を吹き上げながら、地面から両手が持ち上がる。

 リュウジのカカトが、地面からはみ出たウィルコープスの顔面に、蹴り下ろされていた。


 そのまま踏み潰して、先を進む。


「いた! あそこ!」


 数百メートル先。

 片側に大きな岩。


 その岩の下に、数人のプレイヤーの姿が見えた。


 生きている。戦っている。

 岩を背にして、ウィルコープスが扇状に群がっている。


「まさか、あの中に切り込めってか!」

「そう! ティナたちは、あの中!」


「あれは、結界か」

「あん? 結界?」


「おまえも見ただろう。前哨基地が300体に襲われたときだ。あのときシャルマが使った魔法と同じようなやつだ」


「ああ……? 誰だっけ?」

「とにかく、あの中に入れば助かる。斬り抜けろ」


「斬り抜けろったってよう……」


 結界の周囲には、幾重にも群がるウィルコープスの壁ができていた。

 どこかの野外音楽場のステージと観客のような光景だ。


「アニキぃ、自分に行かせてくだせぇ!」

「あぁ? おぃっ! まてロン、無茶すんじゃねぇよ!」


 ロンが腕を広げ、ウィルコープスの壁に、突っ込んだ。

「うるぅぉおらぁあぁぁああ!」


 背中を向けていたウィルコープスが押し込まれ、将棋倒しのように倒れ込み、道ができた。


 勢いあまって、ロンも、ウィルコープスの上に仰向けに倒れ込む。


 リュウジが怒鳴る。

「いけぇ、ソウジ!」


「おおっ」


 オレは、倒れ込んだウィルコープスを踏み潰しながら、その上を駆け抜けた。

 走りにくいから、転ばないように慎重に。でも大股で。

 もしかしたら、ロンも踏んづけたかもしれない。


 結界と思われるエリアの中へ飛び込む。

 その中にいた男達が、転びそうになったオレのカラダを支えた。


「ロン!」


 リュウジが叫んでいる。

 リュウジもロンの上を駆け抜け、結界の中に入っていた。

「アニキィ! すんません! 先にシャバに戻ってます!」

「バカヤロウてめぇ、そっちはシャバじゃねぇだろうが!」


 リュウジが、ロンに腕を伸ばそうとしたが、左右から寄ってきたウィルコープスに挟まれる。

 群がるウィルコープスが、ロンの上から、刃物を振り下ろした。


「アニキィ! それじゃ……あ、おさき……に」



 ロンが、喋らなくなった。

 ズタズタだ。

 たぶんもう……退場している。



 とりあえず、背中のエレーナを下ろし、腰を下ろした。

 疲れた。呼吸を整える。


 生きているのが、不思議だ。

 ロンと、リュウジのおかげか。


 リュウジは、まだロンの方を見ていた。

 あのまま、外に飛び出していかないかと、心配しかけた。

 だが、それはいい。もういいんだ。どうでもいい。


 腰の革水筒を掴み、キャップを外す。

 中身は、アップルワイン。

 ヴィルゴ王国のヴァージンヴェール。


 美味い。喉も潤う。


 少し落ち着いた。

 なんで、ここに来たんだっけ。

 なんでオレ、こんなに疲れてるんだ。


 我に返って、辺りを見渡す。


 何人かのプレイヤーが、結界に群がるウィルコープスに剣を振るっている。

 結界の中から、一方的に切り刻んでいる。

 少し下がった場所で、あぐらをかいて、目を閉じている男。

 たぶん、結界の魔法を発動させているんだろう。


 さらに見渡す。

 大岩に寄りかかっているプレイヤーが3人。


 ティナもいた。

 岩によりかかっていた。

 エレーナの判断は正しかった……と思う。

 まだ生きている。オレも、ティナも、エレーナも。

 ついでに、リュウジも。


 ティナも、血塗れだが、意識はあるようだ。

 オレの存在にすでに気付いていて、オレを見ている。


 エレーナは。

「エレーナ」

「え」

 大丈夫そうだ。落ち着いている。


「ここから助かる方法を、考えてくれ。できるか?」

「う……うん。あるかどうかわかんないけど……」


 立ち上がる。

 ティナのところへ歩み寄る。


「ソウジ。なにしにきたんだいアンタ」

「散歩だよ」


 ティナの顔がずいぶん青い。

 唇もどす黒い。

 出血多量だ。


「ククク、それ、アップルワイン?」

「そうだよ。呑むか」

「バーボンはねぇのかよ。今は、むちゃくちゃに酔っ払いたいんだけど」

「ねーよ」


 革水筒をティナに向けた。

 ティナが右腕を持ち上げる。

 その手に握っていたダガーがポトっと地面に落ちた。


 ティナの右手に革水筒を持たせ、オレは、ティナのダガーを拾う。

 寄りかかる岩壁が血に染まり、尻の下に血だまりができていた。


 いや、それより……ティナ、おまえ……


 左腕が無い。


 肘から先。

 そこから伸びているはずの腕がなく、真っ赤に染まった布かなにかが巻かれ、血が滴り落ちていた。


「左腕はどうした?」

「どっかに、おいてきちまったよ」

「おまえにしちゃ、ちょっとマヌケすぎないか、その忘れ物は」


 ティナが、革水筒に口をつけ、アップルワインを喉に流し込んだ。


「あー、美味いなぁ……またバーボンで割って呑みたいよ」

「ログインデバイスは、どっちだ? 右腕か?」

「だぁからぁ、それもどっかに、おいてきちまったよ」


 左腕を無くし、この出血量。

 にもかかわらず、ティナは……ログアウトできない。


「ソウジ」

「……なんだよ」


「アンタさ、今度、あたしんち遊びに来ない?」

「どこだ? アメリカか?」


「こう見えても、料理得意でさ。

 アタシが焼いた、パイをごちそうしてやるよ。

 そこで、また呑もうぜ。

 って……なに言ってんだろ。

 アンタなんて、大っ嫌いなのにね。

 なんだろアタシ、酔ってんのかな」


「だろうな。酔いが覚めるまで寝てろ」


「アンタって、変わってるよね。クールっていうの? サムライってみんなそうなの?」

「オレは、サムライじゃねーよ」


「そうなの? でも……アタシにとって、アンタはサムライだったよ。ソウジ」


 朦朧とした、ティナが喋っている。


「ソウジ」

「なんだよ」

「実はさ……すげぇ、痛いんだよね」

「見りゃ分かるよ。ログアウトしろ」

「ククク、したいんだけど、地力じゃ無理っぽくてさ」


 ティナは、左腕が無い。

 ログインデバイスを取り出すことができない。


 ログアウトする方法は……


「ソウジ」

「なんだ」

「ログアウトさせてくんない」


「…………」

「アンタにしか頼めないよ」


「苦しんで死ね」

「使えねぇな、アンタは。それでもサムライかよ」


 オレは、サムライなんかじゃない。


「ティナの家は、どこにあるんだ? 教えてくれなきゃ遊びにいけないだろ」

「アタシんちはね……ブッ……グッ、ガ……」


 口から血を噴き出しながら、ティナが笑った。


 何か言おうとしているが、言葉にならない。

 口だけが言葉の形に動いている。

 たぶん……


 ( Fuck you bitch )


「それはお前だろ……ティナ」


 オレも、笑顔を作る。

「じゃあな。ティナ。次はおまえん家で会おう」


 ティナの右腕が、少し動いた。

 たぶん、中指を立てようとしているが、もうその力も出せないようだ。


 ティナの瞳が、やたらと大きくなっていた。

 黒目って、こんなに大きいのかと思うほどに。



 ただ、そこにはもう、オレの姿は写っていないようだ。

 ティナの目蓋を下ろす。




 ダガーが、ティナの首に刺さっている。

 ティナが死んだ。

 カウント24から、退場した。




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