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4.9.05 - 花の魔法使い



 オレ達は、森の手前で焚火を設営し、一夜を明かした。



 夜の警備は、オレとリュウジとロン。

 夜中に近づいてきたウィルコープスは数体。

 あまりきちんと眠れなかったが、対処に問題は無かった。


 夜明け前に、エレーナとアリーが目覚め、食事の準備をした。


 出発前。

 エレーナはポーチから、親指くらいの大きさの、小瓶を取り出した。

 中には、液体に浸した布切れのようなものが入っている。

 なんだと聞くと、水に浸したただの布切れだと答えた。


 エレーナは、近くに生えていた、カタバミのような黄色い花を、ひと房、引きちぎり、その小瓶に入れた。

 そして目を閉じる。

 歪むのは、小瓶の中のカタバミの花。

 エレーナは、すぐに目をあけた。

「ふぅぃ。引きちぎってからじゃないと、お花の絶叫が聞こえちゃうのよね」


「今は、その花と意識が繋がってるのか?」

「そんな感じ」



 朝陽が、かろうじて昇り始めた頃。

 オレ達は出発した。


 森の外縁に辿り着いてから、奥を見渡す。

 まだ暗いし、少し霧も出ていたが、見通せないほどではなかった。


 森の中を眺めながら、アリーが言った。

「おかしいわね。このあたりでも、何十体って数が見えてもおかしくないんだけど」


 ウィルコープスの数が圧倒的に少なかった。

 森の中にも、奥にも、まったく見当たらない。


 歩いているのは、遠く、森の外を徘徊している数体だけだ。


「どうなってやがんだ」

 リュウジが、誰ともなく聞いた。

「ティナ達を追いかけて、奥に引っ込んじゃったのかしら」


 エレーナに視線を向けた。

「エレーナ、なにか分かるか?」


「不思議な感じ。虫はいるけど、動物がいない。

 ウサギもリスも、鳥もいないのかな。こんな森、初めてよ」


「ティナ達が、大群に追いかけられて逃げたのか?」


「……少し違う」

「どう違う?」


「誰もいない森なのに、誰かがいる……それも大勢」



 なんだよそれ。ホラー過ぎるだろ。


「とにかく……行ってみるしかないわよ。

 エレーナを中心に、進みましょう。

 先頭はソウジ。リュウジとロンは最後尾よ」



 オレが先頭かよ。


「どこに向かえばいい」

「とにかく、東よ。まずは小川を目指しましょう」


 東か。

 それなら、ミラーに教わった。

 できるだけ、遠くの影を眺めた。

 向かうのは、太陽に照らされた影の動く先。

 影の動いた方向が東だ。


 オレは森の中へと、踏み込んだ。

 すぐ後ろから、エレーナとアリーの足音が続く。




 森へ入って、数分。

 振り返れば、まだ森の外の平原が見える距離だ。


 そこで、エレーナの足がとまった。


「ちょ……と、まって」


 左右に目を配る。

 特に、変わったところはない。

 いつもと同じ、ただの森だ。

 違うのは、生物の気配をなにも感じないこと。


 アリーが聞いた。

「どうしたの? エレーナ」


 エレーナは、カタバミを閉じ込めた小瓶に視線を落としていた。

 その肩が小刻みに震えている。

 幽霊でもみつけたのか。


 エレーナは、小瓶をポーチに戻し、あたりの地面を見渡した。

 近くに、咲いていた、小さな青い花に歩み寄る。

 そこでしゃがんで、花に両手をかざした。

 そして、目を瞑る。青い花が歪む。


 エレーナは、すぐに目を開けた。

 そして、意味の分からないことを言った。


「いるわ……すぐ近くに、何十、違うかも。何百かも」


 サンダーソニアのグリップに手をかけた。

 リュウジも、ロンも、あたりに視線を向けた。


 アリーが辺りに乱立する木々を見上げた。


「どこよ? 木の上にでも隠れてるの?」


 オレも、見渡したが、ウィルコープスの姿はない。


「ちがう、上じゃない。地面っ」

「……え?」


「おぅ、あれか」

 リュウジが言った。

 視線は、オレ達が歩いてきた方角。


 ガサガサと落ち葉を巻き上げ、土を払いのけて、のっそりと立ち上がる人影。


 視界に見えるだけでも、数十体。

 どんどん増えていく。

 平原につながる森の西側に、次々とウィルコープスが立ち上がっていった。


 後ろにも気配。

 振り向くと、東の森の奥からも、次々とウィルコープスが這い出している。


 右も。左からもだ。

 気がつけばオレ達は、百を超えるウィルコープスに、完全に囲まれていた。


 すぐ近くからも、這い出してくる。距離はいくらもない。


「おい隊長。どうすんだよ」

「えーと……どうしようか」

 リュウジが言った。

「西側を斬り抜けて、森から出るか」

「それがいいわね、抜けられそう?」

「やるしかねぇだろ?」



「まって、ティナがいるよ。近くに」

「え? どこによ?」

「ティナのお酒の匂い。あっち」


 エレーナが指した方角は、東北東。

「行ったところで、生きてるのか? ティナは」

「生きてるよ。お酒の匂いがするのは、呼吸してるから」

「戦ってるのか?」

「それは……分からない」


「どうする、アリー」

「ダメ。引き揚げよ。まずは、ウィルコープスが地面に埋まってることを、本部に報告。それが先」


「分かった。エレーナもそれでいいか?」

「うん……分かった」


「リュウジっ、いけるか」

「だぁれに、モノいってんでぇ! しのごのいわずについてこい!」



 もう、すでに何体かが、駆け寄っていた。

 駆け寄ってきたウィルコープスをロンが殴り飛ばし、リュウジが匕首で切り刻んだ。


「固まってたら、ダメだわ。バラバラで逃げるわよ! 森を抜けたら、合流!」


 アリーも短剣を抜いて、駆け寄ってきたウィルコープスの喉を掻き斬っていた。そのまま、ひとり、駆け出していく。


 ウィルコープスは、近づかなければ、動きが遅い。

 バラバラで走れば、森を抜けるまでに邪魔になるのは、せいぜい数体だろう。


 固まって逃げるよりも、そのほうがいい。

 ウィルコープスもばらけて、退路が生まれやすくなる。


 でも、そしたら、戦えないエレーナはどうなるんだ。

 ここに置き去りかよ。


 エレーナは、青い花の前で、しゃがんで肩を震わせたままだった。

 オレはどうする。どうすればいい。考えろ。


 とりあえず、斧を振り上げて向かってくる1体。

 2歩踏み込んで、振り下ろされた斧を躱し、右下からえぐる。

 崩れ落ちるウィルコープスを蹴り飛ばしてから、エレーナのところへ戻る。


 そして、エレーナの右腕を掴んだ。

「エレーナ。立て!」

 そのまま、引っ張り上げる。

 エレーナの膝の力が抜けている。


 リュウジとロンは、まだ近くで戦っている。

 アリーは、西に向かって走っていた。


 また、ウィルコープスが駆け寄ってくる。

 細い剣を突き出した。

 サンダーソニアで左にいなす。

 グリップの先をみぞおちに叩き込む。

 いったんエレーナの腕を放して、両手でグリップを握る。

 くの字になったウィルコープスの腹を、そのまま撫で斬る。


 鮮血が吹き飛び、オレの服と、エレーナのローブに飛び散った。

 魔女っ子コスプレの片側が血で染まる。


 もう、めちゃくちゃだ。

 ここからエレーナが助かる方法。


 そんなものあるのか。



 エレーナの腕が、オレのクビに巻きついた。

 後ろから。両腕で。


「ごめん。あたし走れない。おぶって」


 おい……

 ふざけんなよ……



 また、ウィルコープス。今度は2体。

 エレーナの両足を抱え、エレーナを背負った。

 そして、走り出した。アリーの方へ。


 アリーはすでに、百メートル以上離れた場所を走っていた。


 遥か前方を走るアリーの頭がふっと左に弾かれた。

 右から、ハンマーかなにかで殴られたかのように。


 そのまま、カラダごと左に浮き上がると、チカラを無くした人形のように地面に倒れた。

 アリーは、そのまま動かない。

 その瞬間、ウィルコープスが、アリーから興味を失っていた。


「なんだよ。どうした」

「やべぇ、ありゃやべぇ。ソウジ、あっちはダメだ」


「なんだよ? なんだよ今の?」


「俺だって、わけわかんねぇよっ。いまのはたぶん銃撃だ。どっかでだれかが、狙ってやがる」


「はぁっ。銃? 狙ってる? 誰が? どっから?」

「うるせぇよ! とにかく、あっちはダメだ!」


「まってよ」

 背負ってるエレーナが、耳元で囁く。

「こっち。こっちにティナがいるから」


 左腕をオレのクビに回したまま、右腕を伸ばし、森の奥に向けている。

 ティナがいるらしき方角。


「そっちは安全なのか?」

「わかんないけど! でも! ティナは生きてる!」


「リュウジ!」

「おうっ、俺とロンで切り開く。しっかりついてこい!」



 わけがわかんねぇ。



 とにかくオレ達は、走り出した。

 ウィルコープスが、わんさかと立ちはだかる森の奥へ。



 東北東へ。




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