4.9.04
食糧2日分を持ち、オレ達は、東の森へ出発した。
出発時の陽の高さは、昼前。
隊長は、ティナの友人でアリーと名乗る軍属の女性。
軍に所属し、訓練を受けている。
そのほうが、ウィリアムも信頼できるのだろう。
見た目は二十代前半。濃い茶髪。
身軽そうな革のベストを身に着けている。
スラっとした体型で精悍な顔つきだ。
ティナは威勢のいい、ぶっきらぼうな女性だが、アリーは軍人、というより警察官のような雰囲気があった。
会話をするのは初めてだが、顔は知っている。見たことがある。
とりあえず、隊長のアリーに質問した。
「それで? オレ達はまず、どうするんだ」
「森が見えるところまで行って、それから考えるわ」
「ティナ達は、どういう方針で、偵察に出たんだ?」
「コアまでの侵攻ルートの再調査と、ウィルコープスの分布状況の確認よ」
この6ヶ月の間。
前哨基地のアッシュ・バレルを拠点に、何度もエレメント・コアの周辺調査が行われていた。
オレも、何度か参加している。
測量士や、地形学の専門家も同行し、予測と目測を合わせて、等高線の入った、地図も作られていた。
ちなみに、いまだにエレメント・コアを見たか、あるいは辿り着いた経験のあるものは、だれもいないようだ。
中心に近づくほど、ウィルコープスの徘徊密度が濃くなり、その数は数千に達する。
ちょっとやそっとの戦力では、近づくことすらできなかった。
よって、大まかな地図が出来上がってからは、群れの配置の把握。
ウィルコープスの分布状況を見て、コアまで、どう攻略するか。
その最終段階の下調べが、40名の先遣隊の任務らしい。
ウィルコープスは、徘徊する死体のような存在だ。
プレイヤーと違って、作戦や戦術意図のある連携をすることはない。
ただ数が多いだけで群れる、ゾンビのような連中だ。
それでも、剣を交えると、マレにやたら強いのもいる。
しかし、集団の知恵を持たないウィルコープスは、基本的には弱い。
動きも遅いので逃げるのも簡単。
偵察任務といっても、そんなに難しいものではないはずだ。
にもかかわらず、ティナ達は消息を絶った。
しかも、40名も。
いったいなにがあったのか。
夕方近くになり、アリーが口を開いた。
「見えてきたわね」
森の切れ目が遠くに見える。
まだ2~3キロ先だ。
リュウジが、その森の方へと指を向けた。
「ウィルコープスが、徘徊してやがるな。ほれあそこ。あっちにも」
アリーも、右手でひさしを作って、遠くを眺めた。
「群れの姿は見える?」
群れの姿は見えない。
ざっと見渡した感じ、単独でうろつく個体が、ぽつぽつと見えるだけ。
「今から森に入るのか? すぐに夕暮れだぞ」
「今夜はここでキャンプよ」
「こんなところでかよ」
「こんなところじゃないと、もしかしたら、先遣隊の誰かが戻ってくるかもしれないでしょ」
なるほど……たしかに。
「しかし、どうやって探すんだ? なにか当てはあるのか?」
「それなら、あたしに任せて」
フードの中から、エレーナが言った。
リュウジがエレーナに質問した。
「そういえば、嬢ちゃんはどんな魔法が使えるんだい」
「あたしはね、お花よ。お花のことならなんでも聞いて」
厳ついヤクザと、ブロンド髪の魔女っ子コスプレの会話。
なんとも、アンバランスで、妙な光景だ。
「花ってぇと? 花吹雪でも飛ばすのかい」
「フフ。ちがうわよ。あたしの魔法はね、お花とのリンク。
直接、動かしたりとかはできないけど、お花が感じるいろんな情報を、あたしも感じ取ることができるのよ」
「なんだぃ、そりゃ?」
「お花に限らず、植物はみんなそうなんだけどね。
葉を作るのも、花弁が胞子をとばすのも、ぜんぶ植物の意思。生存戦略。
植物は根から葉の先まで、全体が目であり耳。
土の中、空気、水気、太陽の光。
すべての変化を捉えて、判断して、対応するの。
植物は全身が脊髄反射の塊。なにかが起きると猛烈な速度で反応するのが植物なのよ」
「すまねぇ。俺ぁ学がねぇから、言ってることの半分も分からねぇ。ソウジ分かるか?」
「分からん」
「そうねぇ……たとえば、アブラムシが葉をかじりにきたとするじゃな?
お花はね、痛い~、やめてぇ~って感じながら、花弁を開いて花の匂いを周囲に撒き散らすの。
どうなると思う?」
「アブラムシにかじられると、いい匂いがするのか」
「アハハ。そうね。正解。
でも、あれはね、お花からのSOS。
蜜の匂いで、アブラムシの天敵を呼ぶのよ。蜂とか、てんとう虫とかね」
「へぇ。酔っ払いに絡まれたスナックが、ケツ持ちのヤクザを呼ぶような感じか」
「う~ん……
それは、あたしにはわかんないけど。
動けない植物は、みんなに危険を知らせて、助けを呼ぶのよ」
「花の蜜の匂いが警報ってわけか」
「そ。すごいでしょう。お花って。
その匂いで、周りの花にも伝えるのよ。
危険がせまってるぞーって。
すると、付近の花全体が警戒モードに切り替わる。
植物同士の無線通信ね。
すると、他の花たちは、葉や花の蜜の味を渋くしたり、毒をだしたり。
匂いをブレンドして、お友達の蜂や、アリの軍隊に出動要請を依頼する。
寄生バチが近くを飛んでたら、すぐに助けにきてくれるわ」
「ちょっとまて、その理論でいくと、花屋って……」
「そうなのよ……
お花屋さんていつも、いい香りがするじゃない?
あれって、実は、お花の悲鳴。
やめて~、次は僕の番だー、たすけてーっていう、お花の絶叫。
みんな、お花が好きで、お花屋さんになるのにね。
お花にとってあの場所は、お花たちの絶叫の坩堝よ」
花屋の店員、エレーナが苦笑いした。
植物の生態が、ほんとうにエレーナの言う通りなら……
花屋は、花にとって、切り刻まれる地獄そのものってことだよな。
「ほんで、それがどうして、索敵や捜索の役に立つんだ」
「あたしはね、お花の匂いが届く場所の出来事なら、だいたい分かるわ。
近くにどんな種類の生物がいるか。
どんな大きさの生物がいるか。
どんな虫がいるか。
日の出、日没までの時間、気温、湿度も、水のある場所も。お花が教えてくれるわよ」
「そいつぁ、便利だなぁ」
「エレーナの言う、花って、なんでもいいのか?」
「そうねぇ。あたしは、花屋だから、お店にならぶような花ならなんでも分かるけど。あとはそうね……花弁があって、蜜があるものならだいたい」
なるほどな。
たしかに、エレーナがいれば、捜索もはかどりそうだ。
「あ、でもねぇ……」
「うん? なんだ?」
「あたし、戦闘は、蜂を呼ぶくらいしかできないからね。みんなで、あたしを守ってね」
「その蜂は、オレ達のことも刺すのか」
「そりゃそうよ。蜜に呼ばれたただの蜂だもん。
刺されると痛いし、腫れるわよ」
やっぱり、魔法は、一長一短だな。




