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4.9.03 - アッシュ・バレル


 オレが前哨基地に住み始めてから、6カ月が経過した。

 最初は30人にも満たなかったが、今では、数百人規模に膨れ上がっていた。


 もう、ここは基地ではなく街だ、

 以前は、だいたい顔見知りだったのに、今は知らないヤツだらけだ。


 黒ヒゲのパン屋は連日大盛況。

 向かいの宿屋にも、多くの宿泊客が訪れ、食事をし、夜は酒を呑んで夢心地で眠りについている。

 八百屋や、果物屋なんかも立ち並び、革製品の修理屋や鍛冶屋もできていた。


 店だけでなく、数軒の住居も立ち並び、なにもない原っぱだった頃の面影は、もうない。


 司令部のテントは木造の2階建てに新築された。

 以前と違い、勝手に入るなと怒られる。

 備蓄庫には、大量の穀物や乾燥食糧が積み上げられ、数千人分の食糧が備蓄されている。

 守備隊も、現在は百人規模に拡大していた。


 とにかく、この前哨基地は変わった。

 たったの6カ月で、壁に囲まれた、人口数百人の街へと変貌したのだ。


 変わってないものがあるとしたら、オレの敷地だ。

 あいかわらず、布のテントと壊れたベンチ。

 それと焚火があるだけ。


 ここが、オレの敷地だと知っている者は、ごく僅か。

 井戸の前にある、公共施設だと思われている。

 知らない男達が、ここで談笑したり、パンを食べたり。

 そして、夜は酒盛り。

 そのテントで寝起きしているオレは、公共施設に住みついていたホームレスだと思われていた。



 そして、この基地。

 というか、この要塞の街に、いつのまにか名前がついていた。

 「アッシュー・バレリット」


 誰がつけたのか。

 誰かが言ったのか。


「ウィリアム・シェイクスピア?

 お気に召すまま( As You Like It )?

 司令官は、呑んだくれ・ウィリアム。

 ここは、街全体がウィリアムの酒場だ。

 酒の召すままが、丁度いいじゃねぇか」


 ただの皮肉だ。

 その皮肉が、そのままこの基地の名前となり、

 「おまえの酒樽は灰まみれ ( Ash You Barrel It )」

 ……と、嘲笑混じりに呼ばれるようになった。


 でも長いので、住人は灰樽。

 アッシュ・バレルと呼んでいる。


 当のウィリアムは、全く気にしておらず、むしろ喜んでいた。

 たとえこの場所が丸焼けになっても、灰の中から起き上がって、またみんなで酒を呑む。



 今日はその、酒樽ウィリアムから、久々に、集合命令が出ていた。


 招集は、守備隊全員だった。

 見張りの当番を残して全員だ。

 非番の軍属も、文句をいいながら集まっている。

 その数、およそ百人。


 ウィリアムの副官が声を張る。

「アテン、ハット!」


 集まったところで、ウィリアムが訓示を始めた。


「各位、今日までよくやってくれた。

 予定されていたアッシュ・バレルの建設は、ほぼ完了した。

 よって、今後はエレメント・コアの攻略に集中する」



 エレメント・コアの攻略。

 その先には、いよいよ、ルミナス・ノードへの遠征が待っている。

 そこでなにがあるのか。オレはなにをさせられるのか。

 まだよく分かっていない。


 分かっているのは、未希とストームの目標にも近づいているということ。

 大罪人ルートの完遂。そしてシェイプシフトデバイスの奪取。

 そして最後の最後で、カウント24のプレイヤー全員を裏切る。

 それが、未希とストームの狙いであり、目標だ。



 ウィリアムは、訓示を続けた。


「数日中に、アッシュ・バレルに4千人のプレイヤーが集結する。

 集結後は、エレメント・コア征服作戦が実施される。

 先んじて、アッシュ・バレルでは、先遣隊による事前偵察を行う。

 先遣隊は、4チーム、40名を選抜する。

 まずは、諸君らの希望を募る。

 先遣隊に志願したい者はいるか」


 列から、ちらほらと人が外れて、前へと歩いて行く。

 志願した連中だけで、40人を超えた。

 志願者は、全員軍属だ。

 ティナの姿もあった。

 あいつらは、カネを貰って、仕事でニフィル・ロードに来ている。

 志願すれば、おそらく、手当も出る。


 なので、オレのような一般プレイヤーの出る幕ではなかった。

 なら、なぜここに呼ばれたのか。

 守備隊の人員が半減するからだ。


 オレは夜警の予備人員として、配属されることになった。

 軍属の非番の補填人員として、たまに夜警に参加しろと言われた。


 まぁ、そのくらいならいいだろう。




 だが、事件はすぐに起きた。


 先遣隊の40人が、予定の時刻になっても、誰一人として戻らなかった。

 軍の本体が到着するのは、まだ数日先。


 ウィリアムは、急遽、捜索隊の人選を始めた。


 残った守備隊は60人。

 うち、軍属は8割り程度。


 ウィリアムは、軍属の大部分を警備に残し、一般プレイヤーのチームで捜索に向かわせたいと言った。


 まぁ、そうなるだろう。

 一般人なら、帰らなくても損害は少ない。

 勝算が分からない賭けに置くコインとしては妥当だ。


 真っ先に志願したのはリュウジ。

 舎弟のロンはオマケだ。

 それと女性の射手がひとり。

 ティナの友人らしい。


 これで3人。


 ウィリアムは、あとふたり欲しいと言った。


「ソウジ、おまえも来い。」

 リュウジがオレを名指しした。


 イヤだよ。

 ティナのことはまぁ、少しは心配だが。


「……あたしが行こうか?」


 誰かが、また志願した。


 うん?

 聞いた記憶のある声。

 見た目の年齢は二十歳前後。

 ブロンドの髪。ストレートヘア。

 緑と白の落ち着いたトーンのローブ。

 いかにもな、魔女っ子コスプレ。

 フードを被っていて分かりにくいが……


 知っている、こいつの名前はたしか……


「エレーナ? おまえいつからいた?」

「昨日ついたばかりよ。久しぶり。ソウジ」


 たしか、こいつは……

 未希の家の近所の、花屋の店員。


「おい、やめとけ。危険な任務だ」

「でも、魔法使い、いたほうがいいでしょ?」


 ウィリアムが口を挟んだ。

「君が行ってくれると助かるが……君は本隊の人員じゃないのか」

「そうだけど、4千人もいるんだし、ひとりくらいよくない?」

「……分かった。協力に感謝する。エレーナ」


「じゃあ、あとひとりね」


 リュウジがオレを睨んでいる。

 エレーナがオレを見ている。


「ソウジ。ミキちゃんの友人が、危険な場所へ行くのよ?

 守ってあげたほうがいいんじゃないの?」


 自分で言うのかそれを。

 エレーナから視線を逸らすと、ウィリアムと目が合った。


「ソウジ。危険なことはしなくていい。手掛かりを見つけて来てほしいだけだ。危ないと感じたら、戻ってこい。おまえ、そういうの得意だろう?」


「40人が戻ってこない場所に、5人で行けっていうのか」



「5人だからこそだ。

 今回の任務は、問題の解決ではない。調査だ。

 あるいは先遣隊が、まだどこかで生きていて、連絡が途絶えているだけの可能性もある。

 なんでもいい。情報を持ち帰ってくれ。

 それ以外は逃げろ」



「本隊が合流するのは、いつだ?」

「第1軍の到着は明後日だ。おまえ達が戻らなかったら、すぐに後を追う」


「第1軍の規模は?」

「800人と聞いている。指揮官はアーネストだ」




「分かったよ……行くよ」




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