4.8.25 - 再契約
戴冠式のあと。
オレが、モルウェナの後見人になるという宣誓式が行われた。
特別なことはなにもなかった。
年配の修道女が口上を述べるのを、モルウェナとふたりで聞いていただけ。
モルウェナも背筋を伸ばしている。
だがこれで、オレは公的に、モルウェナの後見人になった。
他の聖女から向けられている羨望のまなざし。
継承順位は落ちるが、モルウェナは、聖女の中でも特別な存在になったらしい。
モルウェナは、王国全土から、擁護される聖女。
本当にそうなったのかどうか、今はなんの実感もない。
それでも、周囲から刺さる視線の強さと数を見る限り、そういうことなんだろうという気がした。
最後に。
セレンの去就。
ウルス皇国、第2皇子ディアデムとの婚約が発表された。
既成事実はまだなにもない。
だが、聖女の名簿から、セレンの名は抹消された。
それから3日後。
王城内は、ウソのように平和に見えた。
衛兵の緊張は解け、行き交う貴族の顔は穏やかだ。
束の間の休息を得たような空気を感じる。
オレは、尖塔の居住地から出ることになった。
もう、女王の庇護下ではないし、暗殺に備える必要もない。
それはモルウェナも同じで、王城とは別の屋敷に引っ越すことになった。
もう女王の別邸は、母親の居場所ではないのだ。
次の住居を手配したのはリノン。
モルウェナの屋敷が、王城の近くに用意された。
広い屋敷だった。
オレの住居は、その敷地にある平屋の別宅。
寝室とリビング。そして、形ばかりの厨房。
狭いが充分だろう。問題ない。
使用人は誰にするかと聞かれたが、無論、断った。
モルウェナがなりたいと言い出したが、それも断固拒否。
冗談じゃない。
オレにとってそれは、ただの試練だ。
今日は、その屋敷を出て、大聖女の館と呼ばれる屋敷へと向かっていた。
同行者は、モルウェナとアルク。
それと、3人の若い従士を伴っている。
歩きではなく、馬車だ。
オレとアルクは運転台に座り、モルウェナは、従士に挟まれて荷台に座っている。
「それで、アルクはモルウェナの従士になったのか」
「はい。モルウェナ様に雇っていただきました、再就職先に困っておりましたので、助かりました」
「リノンはどうなったんだ」
「女王を退位すると、大聖女と呼ばれる地位に格上げされます。生活は保障されますし、お命を狙われることも、もう、ありません」
「大聖女って?」
「全聖女の保護者のようなお立場です。
大聖女は、聖女の悩みや心労を最も理解する人物です。
国政に直接関わることはありませんが、聖女の教育とケア。心の拠り所。
リノン様は今後、そういったお役目を担い、ヴィルゴ王国を支えていくことになります」
なるほど。
聖女の教育者は、大聖女。元女王。
天下りと英才教育が、都合よく融合している。
じゃあ、オレの報酬は、どうなったんだよ。
後見人には、給金も手当もないらしい。
衣食住はタダらしいが、無給。無償の奉仕活動。
オレはボランティアで、モルウェナの面倒を見ることになったらしい。
ホント、オレ。なにやってんだろ。
馬車が止まる。
リノンの屋敷は、まさに教会のような建物だった。
十字架のようなエンブレムはないが、この国の紋章がデカデカと壁に描かれている。
馬車を降りる。
従士3人は、外に残る。
オレとモルウェナ、アルクの3人で、建物に入った。
すぐに若い女性の使用人がオレ達を出迎える。
そのまま使用人の案内を受けて、建物の中を進む。
机が数台並べられた部屋に、モルウェナよりも幼い少女達が座り、本を読んでいる。
戴冠式で見た少女達だ。
つまり聖女。
そこを通り過ぎて、奥の部屋へ。
中にいたのは3人。
まずリノン。
そして、戴冠式でも見かけた年配の修道女。
それと、もうひとり。
リノンの叔父のオッサンだ。
リノンにはもう、能面女王の面影はない。
余裕のある微笑みを浮かべた、文字通りの大聖女の顔。
ソファーに促されて座る。
最初にリノンが口を開いた。
「まずは紹介が必要かしら」
リノンが、順に紹介した。
叔父のなにがし。
名前は忘れたが、知ってるよ。
前に一度、脅かしたこともある。
そして、たぶんコイツの命令で、オレは何度か殺されそうになった。
次に年配の女性。
彼女は、リノンの先代だった。
元13代女王。現職はリノンの先輩大聖女。
エニードと名乗った。
どうやら、叔父のオッサンと、この大聖女エニード。
兄妹らしい。
たしかに、年齢も近そうだ。
今日の主目的は、モルウェナの報告業務だった。
新たな屋敷への転居と、後見人を得たこと。
モルウェナはそれを、ふたりの大聖女に報告した。
後見人については、すでに国中が知るところだ。
ようは公務。報告の儀式だ。
モルウェナの境遇には、大聖女エニードでさえ目を細めた。
伝説の英雄、バイスタンダーの後見を得た聖女。
そんなの、歴史書の中にも存在しないらしい。
まぁ、その実体は、オレだけどな。
伝説の英雄の名声を、無駄に消費するだけの男。
「それで、オレを呼んだ理由はなんだ?」
「叔父様の紹介よ」
「紹介? 知ってるよ。楽しい会話をしたこともある」
叔父のなにがしが口を開いた。
「バイスタンダー」
ずいぶんと神妙な顔。
なんだよ、気持ち悪い。
「今代女王、ペルセポネ・ローウェンナのゲストナイト就任を要請したい」
「……は?」
「大聖女リノン様から伺っている。
10日おきに穀物50キロとワイン。
引き受けるなら、本日より引き渡そう」
叔父のなにがしは、オレが口を挟む間を作らなかった。
早口で、少し威圧的に、条件をまくし立てた。
ゲストナイトの条件は、リノンのときと同じだ。
肩書だけ。
気が向いたら、行事に参加。
たまに王城に顔を出す。
あとは、自由にしていいらしい。
違うのは、オレへの謝礼だ。
リノンのときは、行事に参加したらという条件だった。
だが、叔父との契約は、10日おき。
しかも30キロではなく、50キロ。
優遇されている。
たぶん、リノンが気を利かせてくれたんだろう。
退位しても、抜け目がないのは、さすがだ。
いいだろう。
背に腹は代えられない。
ウィリアムに嫌味を言われず、守備隊の仕事をサボる。
オレは、10日おきに、新女王のところに顔を出して、穀物を貰えばいい。
簡単だ。
だからオレは。
その契約を受け入れた。
まさかな。
こんな日が来るとはな。
王宮サスペンス。
狂ってる。
オレは、今日。
大聖女2人が見守る前で。
叔父のなにがしと、固い握手を交わした。




