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4.8.24


 朝陽が昇った。


 セレンはどうしているだろうかと、バルコニーの扉を少し開ける。

 寝顔は、こちらを向いていた。

 隠せない笑顔が浮かんでいる。

 その口元からは小さな寝息。

 楽しい夢でも見ているのだろうか。


 扉を閉めた。

 セレンは眠っている。

 起きてから寝不足じゃないといいが。


 夕べ、あのあとも、止めどなく無駄話をした。

 ローウェンナのこと。

 モルウェナのこと。

 他の聖女のこと。

 家族のこと。



 この国の聖女教育なのか。

 それとも、セレンという人柄なのだろうか。


 セレンは、誰も恨んでいないし、嫌ってもいなかった。

 ただ純粋に、この国のためにありたい。

 聖女としての責務を果たしたい。

 セレンの中にあるのは、それだけだった。


 それでも、セレンは刺繍が好きで、こんどオレにハンカチをプレゼントすると言っていた。

 期待しないで、待っていようと思う。



 おかげで、けっこうな夜更かし。

 ちゃんと起きられるだろうか。


 どうでもいい。

 セレンは、殺されなかった。

 自殺もしなかった。


 なにごともなく、夜が明けた。



 練兵場の方から、歩いてくる人影。

 修道女のような格好。

 後ろに、ふたりの剣士を連れている。


 おいおい。

 朝っぱらから、そんなところをふらふらと。


 バルコニーのオレに気がついたようだ。

 先頭を歩く、リノンがこちらを見上げた。


 ぷぃっと、素っ気ない顔。

 すぐに視線を逸らされた。




 リノンが、尖塔に入ると慌ただしくなった。


 午前中のうちに、すべてを終わらせる。

 この権力争いに、終止符を打つ。


 それは賛成だ。

 オレも眠い。早く寝たい。


 セレンも目を覚まし、1階の自室で、フィオンの手を借りて身支度を整える。

 ヴェータは、変わらず、扉の外で警備に就いている。


 皮肉なのは、安心できるのが女王派のフィオンで、叔父派のヴェータが信用できないということ。


 リノンが退位し、オレがモルウェナの後見人になるまで、まだ油断はできない。

 だから、朝食を食べることもできなかった。


 オレは、エレメント・ノードに渡った。

 リノン、セレン、フィオン、アルク。

 4人が見守る中で、記憶の回廊を呼び出し、前哨基地へ飛んだ。

 リュウジを捕まえて、バナナをもらい、パン屋の黒ヒゲから、お茶も分けてもらった。


 大して美味くもないが、毒は入っていない。

 リノンはさすがに、口をつけなかったが、他の3人は、青臭いバナナを食べ、黒ヒゲが煎れたお茶を飲んだ。


 バナナは、初めて見る果物だったようだ。

 異界人が異界から持ち込んだ、青臭い果物。

 3人はそれを、珍しそうに食べていた。



 正午の少し前。


 リノンの退位式は、慎ましく行われた。


 集まったのは、ごく僅かな貴族。

 それと王族。


 女性が多いのは、聖女が全員集まっているからかな。

 セレンを中心に、幼い少女も幾人か参列している。

 あれも聖女なのだろうか。



 壇上の中央にリノン。

 その手前に、十代後半の女性。

 おそらく、ローウェンナ。


 リノンは、両手に純白の手袋。

 ローウェンナも、同じような、修道女姿だった。


 式が始まる。

 口上を読み上げているのは、年配の女性。

 以前にも見た、リノンの顔立ちに似た修道女。


 口上が終わると、年配の修道女が下がる。

 リノンが両手から手袋を外し、それを重ねて、ローウェンナへ。


 リノンが、ふたこと。

 ローウェンナが、ひとこと。

 言葉を告げている。


 リノンが頭に飾っていた、星座のティアラを外す。

 ローウェンナが膝を曲げる。

 低くなったその頭へ、リノンがティアラを乗せた。


 年配の修道女が、高らかに宣言した。



「第15代ヴィルゴ王国女王

 ペルセポネ・ローウェンナ!

 果てなき豊穣と、揺るぎなき安寧を!

 ロング・リブ・ザ・クイーン!」



 どこかから手拍子が上がる。

 それが波のように広がり、多くの拍手の音が、広間を埋め尽くした。


 リノンが、壇上を降り、ローウェンナと入れ替わった。

 リノンは、そのまま、横へと下がった。



 誰かが、オレの左手に触れた。

 小さな手。

 温かくて、柔らかな手。


 視線を向けると、モルウェナがオレを見上げていた。


「英雄様は、ウェナのこと嫌い?」

「なんで……どうしてそう思う?」

 オレは膝を折って、モルウェナに目線を合わせた。

「ウェナをお嫁さんにしてくれないんでしょ」


「英雄は呪われているから、結婚できないんだよ」

「ウェナは、呪われてもいいよ。英雄様のお嫁さんになりたい」


「そんなことになったら、ママが悲しむよ」


「うん……でもね」

「うん?」


「もうウェナは、ママと一緒に住めなくなるんだって」

「…………」



「ウェナ……ひとりぼっちになっちゃう……」



 ああ……


 オレが……壊れる……


 もう、たくさんだ。


 壊れてほしくない。

 壊したくない。


 誰のためでもない。

 世の中のためでもない。


 ただ目の前にある小さな安らぎ。

 それが壊れたら、オレが壊れる。


 オレは、自分が壊れたくないんだ。


 関わったら、壊れる。

 巻き込んで、みんな壊れる。


 いままでずっとそうだった。

 オレがなにかをすると、壊れてしまう。


 そして、オレがぶっ壊れる。


 オレは、それが、怖い。


 だから逃げた。

 家からも、未希からも。

 自分自身からも。



 オレにはなにもできなかった。

 なにもしなかった。


 なぁ未希……教えてくれ。

 オレは、なにをしたらいい?

 ウェナ……おまえはどうしてほしい?


「……英雄様?」


「ウェナ……」


 オレの思考が停まった。


 モルウェナを引き寄せる。

 そのまま、モルウェナを左肩に座らせて立ち上がった。


「うわぁっ、あははっ。たかぁ~い」


 モルウェナがオレの頭を掴む。


「ウェナ」

「なにぃ、英雄様」

「英雄様はやめて、ソウジと呼んでくれ」


「わかった。ソウジっ」


「ウェナ」

「うん?」

「オレはウェナの、後見人になるんだってよ」


「こうけんにん?」

「ずっとウェナを見守る、聖女モルウェナの騎士だ」

「じゃあ、ずっと一緒?」


「そうだよ。ずっと一緒だ。

 おまえが聖女だろうが、なんだろうが、ずーっとオレはウェナの騎士だ」



 離れた場所からリノンが、オレたちを見ていた。


 もう、能面はいらないようだ。

 その両目から、ボロボロと涙を流している。

 モルウェナが、オレの肩の上から、リノンに手を振っている。


 リノンの横にはアルクの姿。

 明日から、おまえも暇だな。

 もう、女王の騎士も免職だろ。

 ざまぁみろ。



 あぁ。


 徹夜でハイになってるのかな。


 これでいいのかどうか。

 もう、分かんねぇ。



 なにしてんだ、オレ。




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