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4.8.22 - 女王の決断


「ねぇ、ソウジ」


 ポタポタと、修道女のようなエプロンドレスに染みができている。

 リノンは、頬の涙も拭かず、そのまま話を続けた。


「あなたにモルウェナを預けたいんだけど」

「預ける? 結婚しろとでも言うのか」


「ちがうわよ。あなたなんかに、大切な娘はあげないわ」


 おい……

 いま、娘って言ったよな。


「まぁね。

 あの子が望むなら、それでもいいけど……

 ねぇ、ソウジ。

 モルウェナの、後見人になってくれない?

 女王のゲストナイトより格は落ちるけどね。

 聖女を見守る自由騎士。

 聖女モルウェナの後見人」


「オレが後見人になると、モルウェナはどうなる」


「どうもならないわ。

 いままでと同じ。

 幸せそうで、花が大好きで、あなたのお気に入りのまま。

 モルウェナは、この国の聖女のままよ」


 オレを見透かしたようなリノンの目。

 流れた涙も乾き始めて、ガビガビになった頬。


 オレがリノンを睨み返す前に、アルクが口を挟んだ。


「なるほど……

 バイスタンダーの後見、後援となれば、権威云々よりも強固になります。国として、他国への譲渡なんてできません。

 王宮や貴族だけでなく、全国民の総意による拒絶。

 モルウェナ様が国外に嫁ぐなんて、不可能になります」


「まて。ということはだ。

 オレが後見人になった時点で、ウルスに出されるのは、セレンになる、ということだよな?

 それを、叔父が了承するのか?」


「それは、これから、叔父様と交渉するわ」

「どうやって?」


「私にはまだ、3つのカードがある。

 女王であること。

 モルウェナがいること。

 それと、私のジョーカー。バイスタンダー。

 モルウェナの後見人になる、あなたよ。ソウジ」



 涙の跡の頬。

 化粧が落ちたのか。

 そこに、白い粉のようなものが浮いている。

 リノンは、オレの了承も得ないうちに、立ち上がった。


「アルク、ヴェータがいたわよね。呼んでもらえる」

「かしこまりました」


 アルクも立ち上がり、執務室の扉を開ける。

 バツの悪そうなヴェータの顔。


 扉に耳を張り付けて、聞いていたのだろう。

 左耳が、赤くなっている。


「ヴェータ。叔父様と会談がしたいのだけど、その連絡を頼んでいいかしら?」


「かしこまりました」


「話は、聞いていたわよね?

 用件は、モルウェナの後見人についての相談。

 それと……」


 リノンがオレを見た。

 もう、マネキンではない。

 こいつも、いい笑顔が作れるんだな。

 うらやましい。


「わたくしの退位についての相談よ」


「え……」

「聞こえなかった? もう一度、言った方がいい?」

「いえ……あ、か、かしこまりました。すぐにお伝えしてまいります」


「お願いね」


 ヴェータは、走り去った。

 そのまま、リノンの別邸から出て行った。


「……おい、リノン」

「なにかしら?」

「ヴェータはいったいなんなんだ」


「セレンを使用人にする条件のひとつ。

 私からはフィオンを。叔父様からはヴェータを。

 それぞれ、使用人として帯同させること。

 言ってなかったかしら?

 ヴェータは、叔父様側の人間よ?」



 キツネ……

 というより、麦の穂を持った乙女に頬をつままれた。

 たぶん今のオレの顔は、そんな感じだろう。


「おや、ソウジさんのそんな顔。久しぶりに見ました」


 アルクに視線を向けた。

 このヤロウ……

 さっきまで、あんなに落ち込んでいたくせに。

 急に、勝ち誇ったような顔。


「なんなんだよ……この国は」

「ヴィルゴ王国です」


「もしかして、屋敷を襲った賊は、あいつの手引きか」

「さぁ、どうでしょう。なにも証拠はありませんでした」


「ヴェータの祖先が、おまえの祖先の友人というのは本当なのか?」


「おや? ご存じでしたか?

 それは本当です。かつて、ヴェータの祖先と、私の祖先は盟友だったと聞かされています。

 まぁいまは、若干道を違えていますが……

 私もヴェータも、リノン陛下も。

 そしてもちろん陛下の叔父上も。

 この国を愛し、この国を安寧に導きたいと思う心は同じです。

 違うのは、誰と共に、その道を歩むのか。

 それだけです」



「じゃあ、リノンの退位というのも、愛国心の一環か」

「陛下のみこころなど、恐れ多く、私には分かりません」


「おい、リノン。おまえの、みこころはなんだ?」

「知りたいの? あなたに、教える必要ある?」

「…………」




 知りたくない。



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