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4.8.18 - 英雄様


 ログインした。


 ストームカレンダー49日目。

 前哨基地の医療テントの中だった。


 テントから出ると、外は真夜中。

 近くの焚火の周りで、ティナを含めた数人が、酒瓶を転がしたままイビキをかいている。

 大丈夫なのかよ、この基地。


 ほっといて、自分のテントへ向かう。


 自分のテントに辿り着くころ、東の空がうっすらと白み始めた。


 オレのテントの焚火が灯っていた。

 当たっていたのは、隣にパン屋を建てている男。黒ヒゲだった。


「ああ、おはようソウジ。早いんだね」

「おい……その焚火は」

「うん? なんだい?」


 公共施設じゃないんだが。

 もういいか。どうでも。

 薪木も自分で用意したようだし。

 たまに燃やしてくれれば、熾火おきびも残って、火も点けやすい。


「おまえも早いんだな」


 オレはベンチに腰を下ろした。


「まぁね。パン屋は日の出と共に仕込みだよ。って言っても、お店を営業するのはまだずっと先だけどね。ソウジもお茶、飲むかい?」


「ああ、いただくよ」


 黒ヒゲが、沸かした湯をカップに注ぎ、オレに差し出した。

 水割りのウイスキーのような色をしている。


 葉っぱと土の香りは、いつものことだが、飲みやすかった。

 苦味は少なく、甘みを含んだ抜けるような清涼感。

 まろやかな歯磨きガムのような風味、と言ったらいいだろうか。


 世界には、いろんなお茶があるんだな。


「じゃあ僕は、仕事するから。ソウジはお茶飲んでてよ」

「ああ、ありがとう」


 ……って、ここオレん家だよな。

 まぁいいか。


 昇って来る朝陽を眺めながら、黒ヒゲが煎れた茶をすする。

 やがて、コン、コンと、木を打ちつける音がこだましだした。


 黒ヒゲは、パンも焼けて、美味しいお茶も煎れられて、家も作れるんだな。

 たいしたもんだ。

 オレには、なにもできないよ。



 さて。

 オレも、仕事をしにいくか。


 何がどこまで進んでいたのか。よく覚えてないが。

 行けば分かるだろう。




 メモリアに移動する。

 場所は、尖塔の2階。

 女王リノンにあてがわれた寝室に戻った。


 生臭い匂いが霞んでいる。

 見渡すと、黒い染みがこびりついたはずの床に、大きなカーペットが敷かれていた。

 他にも、カーテンは新しくなり、ベッドカバーも新品に替えられている。

 部屋の中は、全体的に、新しい布地の匂いで満たされていた。


 寝室のドアを開けて、書斎に出ると、両手で口を押さえたモルウェナの姿があった。


「わぁっ……英雄さ、ま……?」


 そのすぐ横のソファーに、アルクが座っている。


「おはよう、ウェナ。どうした。こんなところで」

「英雄様の朝ご飯」

 モルウェナは、10歳だと聞いているが、中身はだいぶ幼いよな。


「モルウェナ様は、ソウジさんに、朝食を届けに来てくださいました」


「今朝の聖女様の護衛は、おまえかアルク」

「護衛だなんて、味気ないですねぇ。私もモルウェナ様と一緒に、朝食を届けに来たのですよ」


 ローテーブルに、柔らかそうなパンが積まれたカゴ。

 野菜がたくさん入ったスープの皿。

 確かに、モルウェナひとりじゃ運べないな。


「毒なんて入っていませんよ。モルウェナ様の愛情たっぷりです」

「そうかよ。じゃあ、いただこうか」


 ソファーに腰を下ろし、スプーンで、スープの野菜を掬う。

 冷めてるが、芯まで柔らかくて美味しい。

 少し青臭いが、ハーブの味がよく溶け込んでいる。


「おいアルク。聖女様に、朝食を運ばせるなんて、不敬じゃないのか」

「それはまぁ、そうですが。相手がバイスタンダーであれば例外です」


 モルウェナが女王候補か。

 オレが知ってるこの国の女王は、マネキンのように表情を変えない、鋼鉄の女だけだ。

 スープをすするオレを、ニコニコと眺めているモルウェナに、そんな未来は想像できない。


「ウェナは、女王様になるのか?」

「うん? ウェナが? うーん……」


 モルウェナがうつむく。

 考えているような感じじゃないな。

 宿題やったのかと聞かれているような顔。

 しかも、やってないほうの顔。


「どうした? 嫌なのか?」


 モルウェナが、あ、と思い出したように顔を上げた。

 いつもの、天真爛漫の顔。


「ウェナはね、英雄様のお嫁さんになりたいな」


 え……


「毎朝、おいしいご飯を用意して、英雄様を元気にするの。

 そしたら、英雄様は、毎朝、笑ってくれる?」


 スプーンを落としそうになった。


 こんなの、子供の遊び。

 おままごとの、旦那役。

 いや、それ以前に、おまえは聖女だろう。

 結婚を禁じられ、恋人を見つけることもできない。


 にもかかわらず。

 ニコニコと、幸せそうだ。

 モルウェナは両手を後ろで結び、オレの顔を見ている。

 そして、オレからの答えを待っている。


 どうすんだよ。

 アルクに視線を向けて、助け船を求めた。

 アルクは目を閉じて、うんうんと頷いているだけ。


 どうってことない。

 知ったことじゃない。

 予測しろ。相手をだしぬけ。

 オレの次の一手。

 それを見つけ出せ。


「それはダメだウェナ。女王様が許してくれないよ」

「えー……」


 モルウェナが口を尖らせる。

 複雑な表情をしている。


「じゃあ、ママに聞いてみる」

「ああ……そうだな」


「アルクぅ、聞きに行こう」


 アルクは目を開けている。

 朝っぱらから大きく目を見開き、ぽかんとしていた。

 珍しいな。

 コイツのこんな顔、ウガーラ村で、ログインデバイスを見せたとき以来だ。


 モルウェナが階段へと駆け出していった。


「あ、モ、モルウェナ様、お待ちを……っ」


 アルクも慌てて立ち上がり、モルウェナの後を追った。

 階段を駆け降りる音。

 階下の扉を開ける音。閉める音は聞こえない。

 開けっ放しかよ。


 階段の先から、練兵場のオッサンの掛け声が聞こえてくる。


 今日から使用人が来るんだよな。

 そんなもん、どうしろつーんだよ。

 なにに使用すればいいんだよ。



 パンを拾ってかじる。柔らかい。

 メモリアにも、こんなに柔らかいパンがあるんだな。


 うん?


 ママつったか……?



 今?




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