4.8.17
8月2日、月曜日。
午前10時。
アパートで寝ていると、インターホンが鳴る。
オレの2年ちょっとの独り暮らし生活で、インターホンが鳴ることなんて、数えるほどもない。
だから、出ない。
この家は無人だ。
あきらめが悪いらしく、繰り返しインターホンが鳴る。
次に、ドアを叩く音。
この家は無人だよ。早くあきらめろよ。
(北村さ~ん、お荷物ですよ~)
誰だよ、北村って。
そんなやつ、住んでねぇよ。
オレオレ宅配かよ。
階段を駆けあがる音がする。
それから、微かに若い女の声。
ドアの向こうで、ボソボソと会話している。
静かになった。
なんだったんだよ。
ヒトんちのドアの前で、なにしてんだよ。
配送先を間違えたのか。隣の家とか?
いや、隣は無人だ。
たぶん、このアパートに住んでるのは、オレだけだ。
もういい。
もう一度寝ようと、ブランケットを被ると、床でスマホが震えた。
拾い上げると、ストームからのメッセージ通知。
『総司。どこ?』
ああもう。めんどくせぇ。
しかたなく、カラダを起こし、返信を打ち込む。
『部屋で寝てるよ。なんの用だ?』
『部屋? じゃ、ドア開けて。荷物届いてるよ』
荷物……?
立ち上がって、ドアまで歩く。
ドアスコープを覗く。
立っているのは、ストームだけ。
その横に大きな荷物。
ドアを開けた。
「どうした。なんだよこの荷物」
「ソファー。まだこれからいろいろ届くよ」
「……はぁ?」
「わたしじゃ動かせないから、総司、はこべ」
ソファーは、折り畳み式のソファーベッドだった。
それから昼までに、様々な荷物が届いた。
ローテーブル、机、椅子、本棚。
それとカーテン、バスマット。
玄関付近に置いてあると邪魔なので、ストームにいわれるがままに運び、配置していく。
途中で、未希も来た。
肩に買い物用のエコバッグを下げている。
中身は、タオル、シャンプー、リンス、ボディーソープ。
まだ出てくる。
トイレロール、マグカップ、束になった雑巾。
なにをするつもりなのか。
予想はつくが、念のため聞く。
「なにをするつもりだ」
「おにいちゃん、あのね」
未希が両手で小さな紙切れを持っている。
「みきのおこずかいがね……」
量販店のレシート。4260円。
力が抜けていく。
何かを言う気力も抜け出て行った。
倒れ込む前に、サイフから5千円札を抜き取り、未希に渡した。
ソファーに腰を下ろした。
ああ……くやしいが、座り心地は悪くない。
「ストーム。これ全部でいくらだ」
「知らないよ。値段見てない」
なぜだ。
なぜ、こんな動く社会格差を、世の中は野放しにするんだ。
昼を過ぎると、またインターホン。
届いたのはピザとお茶。
頼んだのはオレじゃない。
ストームが受け取る。
届いたばかりのローテーブルを囲む。
流されるままに、オレもそのピザを食べた。
ふた切れで食べ終わったらしいストームが、ノートパソコンのキーボードを叩く。
「あ、総司」
「なんだよ」
「求婚させられるかもっていう、お姫様いるじゃん?」
「ああ、セレンのことか」
「え……おにいちゃん、結婚するの? やだぁ……やめて」
「しねーよ」
「わたしの予想だと、王族の叔父も、女王リノンも、狙いは同じ」
「同じ?」
「双方が、総司と婚約させることを狙ってると思う」
「はぁ?」
「だから、婚約しちゃえば、どの陣営からも殺されなくなるはず」
「どういうことだよ」
「王族の叔父は、王位の狙いを長女に絞った。
次女を総司と結婚させて、総司を取り込み、影響力を強める。
それで、長女を王位につかせるのが、叔父の狙い。間違いない」
「女王は?」
「女王は、単純に、継承者が減ることを狙ってるだけ。だから今後、狙われるのは総司じゃなくて、女王の失脚かモルウェナのどちらか」
「じゃあ、オレはどうすりゃいいんだよ」
「14歳の聖女と、婚約しちゃえば? わたしとしては、総司が殺されなければいい。偽装でもなんでもいいから、婚約しとけ」
「じゅうよんさい……? え~、おにいちゃんダメだよそんなの。犯罪。犯罪だよ!」
「いや……婚約したら、推しの親派に殺されるだろ」
「ん。それは知らない。警備強化しろって両方の派閥に言っとけ」
「なにもせずに、報酬だけ貰うには、どうすればいい」
「どちらかの芽を潰すのが、いちばん簡単」
「つまり?」
「聖女姉妹か、女王の隠し子を、エスケープ」
嫌だ……
そんなめんどくさいこと、絶対にお断りだ。
関わりたくないし、巻き込まれたくない。
「わたしと、みきさんは、また2時間入るから。総司もそんくらいで」
「おにいちゃん、ダメだよ。せめて年上にして」
「自分で何言ってるか、分かってんのか未希」
「じゃあお先」
未希とストームが、左の6畳間から、ニフィル・ロードにログインした。
窓にはカーテンが取り付けられ、
左の6畳間には、机と椅子。それと本棚。
棚にはまだ、なにも入っていない。
右の部屋には、ソファーベッド。
いまは、ソファーの形で折りたたまれている。
その上に、オレのタオルケットとクッションが載っている。
たった半日で、生活感が皆無だった部屋に、ヒトが住んでる気配が生まれている。
オレの部屋だったはずなのに、オレの部屋という感じがしない。
まぁいいか。
住み心地がよくなったような気がする。
誰もいなくなった部屋は静かだ。
聞こえるのは、エアコン稼働音だけ。
最初に自動で点けて以来、止めた記憶がない。
しばらくぼーっとしていた。
モルウェナの顔がチラつく。
セレン、ヴェータ、フィオン。
そして、女王リノン。友人かもしれないアルク。
もしかして、オレが来るのを待っているのかな。
壊したくないのか。
壊れてほしくのか。
どうだかな。
部屋の中が、ピザ臭い。




