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4.8.16 - ぶっ壊れ



 寿司屋を出た。

 結局、カネは払わなかった。


 見知らぬ爺さんの奢りだ。

 ルシアは満足のようだが、オレは途中から味がよく分からなかった。


 あの爺さんは、何者なんだ。

 いや、そもそも、ルシアもだ。

 ニフィル・ロードに関わってから、オレの周りは、妙なことばかり起こる。



 ルシアが東京駅まで送れというので、タクシーを止めて、東京駅に向かった。

 行先を告げて、タクシーを走らせる。


 横からルシアの声。


「ねぇ、ソウジ。お礼に今度、ソウジを驚かせてあげるね」

「オレはちょっとやそっとじゃ、驚かないぞ」


 オレは前を向いたまま。


「知ってるよ。たぶん3年くらいかかっちゃうかな」

「寿司屋のお返しで、そんなに待たされるのかよ」


「しょうがないじゃん。ソウジは強敵」

「どうやって驚かすんだ」


「私になにか、質問して? なんでも答えるよ」

「うん? どうやって驚かせるんだ」


「それ以外で!」


 なんか、めんどくせぇな……


「なんで日本に来たんだ」

「お寿司が食べたかったから」


「どこから来た」

「故郷はフランスのオルシー。そこからオランダ、ロンドン、カナダ。で日本」


「カナダから、どうやって日本に来た」

「飛行機?」


「そりゃ、そうだろうな……」

「私に投資してくれたヒトがいてね。まぁ、たぶん悪い人? でも良い人だよ。あしながおじさんって言うのかな?」


「なんでオレにつきまとうんだ」

「ソウジが……好きになっちゃったから」


「オレに、質問させてなにがしたい」


「動じないのね……さすがソウジだわ。質問してもらう理由はね、3年後にソウジを驚かせるため」


「どうやって驚かすんだ」

「それはまだ言えない。3年後」


 3年後か。

 オレは、生きてるのかな。


「3年後に、なにがある?」

「そんなの分かんないよ」


「分かんないのに、どうやって驚かせるんだよ」

「それは言えないって、言ってるでしょ!」


 八重洲口のビルが見えてくる。

 そろそろ、到着しそうだ。


「ルシア」

「うん?」

「ニフィル・ロードって知ってるか?」

「それ、前にも聞かれた。知らない。どこの道? アメリカ?」

「本当に知らないのか?」

「本当に知らない。どこ? 教えて?」


 ルシアの顔を見た。

 ルシアもオレを見ている。

 こいつに関しては、なにも分からない。

 真実も、ウソも、こいつからは、なにも読み取れない。


 社会心理学の天才は、オレのこともお見通しなんだろうか。


「ルシアから見て、オレはどういう人間だ?」


「……誰も信じない。空っぽ。孤独。

 心も、思い出も、どこかに捨ててきちゃったみたい」


 そうだな。知ってるよ。


「でもね……違うよ。まだ残ってるの。

 その残りが、ソウジの優しさ。強さ。

 でもそれは、守りたいとか、助けたいとかじゃないよね」


「じゃあなんだ?」


 ルシアの目を見ていると、頭がクラクラしてくる。

 まるで、渦を眺めているようだ。

 だから、また、オレはルシアから目を逸らした。


「言っていいの?」

「構わないよ。言ってくれ」



「……壊したくない、壊れてほしくない」



 誰かの手が、オレの肘に触れた。

 たぶんルシアの手。


「ソウジが壊したくないものって、なに?」


 タクシーが止まった。

 運転手が到着を告げる。


「このままじゃ、ソウジが壊れちゃうよ」

「……どうだろうな、それでもいいんじゃないか」


 サイフを出して、カネを払う。

 タクシーから降りる。


「だからね、私がソウジを助けるよ。3年後」


 ルシアもタクシーを降りた。


「どうやって?」

「それは、ナイショ。じゃね。おやすみ。バイバイ!」


 ルシアが、走り去っていった。

 タクシーも走り去っていく。


 オレは独り、八重洲口の雑踏の中にとり残された。



 何を言ってるんだか。

 壊したくない?

 なにを? だれを?


 なにをいまさら。



 もう全部、ぶっ壊れてるだろ。

 オレも、未希も。



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