表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
288/393

4.8.14


 夕方までは、普通にパンの売り子を売り続けた。


 中には、子供を連れた親子の外国人もいた。

 ルシアは、ニコニコと笑顔を振りまき、その親子にパンを与えた。

 代金は取らない。

 親にカードを渡したのかどうかは、見ていない。



 結局、まともにカネを払って買ったのは、ほとんど日本人。

 シミットを持ち帰った外国人は、ルシアのお眼鏡に叶った数人だけ。

 そもそも、売上なんて、最初からどうでもよかった。



 居酒屋のシャッターが上がり、店員が怪訝な目でオレ達を眺めている。

 辺りが暗くなり始めると、うるさい外国人が増えていった。


 唾を飛ばして、なにか言っている。

 オレには言葉が分からない。

 字幕が欲しい。

 面倒だから、1個くれてやる。

 片手で親指を立てて、笑顔で立ち去ってくれた。



 ルシアのところからも、外国人の怒鳴り声。


 そろそろ潮時だな。

 もう、パン自体がいくらも残ってない。

 というか、何時間も前から、カネを払ってパンを買うヤツも現れない。

 オレはトラックの幌を下ろした。


 それから、ルシアの方へと近づく。


 ルシアは、3人の外国人に詰め寄られていた。

 何をいってるのか分からないが、もしかしたら絡まれているのだろうか。


「ルシア。そろそろ引き揚げよう」

「ソウジぃ……」


 ルシアが涙目になっている。

 やっぱり、絡まれてるのか。


「はやく助けろ」

「いいから、クルマに戻れ」


 ルシアがクルマの方へと駆け始める。

 男の独りが、ルシアの肩に手を伸ばした。

 オレはそれを掴んで捻りあげた。


「うるるぅああぁあぁぁッ」

 手首を捻られた男が、水族館のペンギンのような鳴き声をあげた。


 次の瞬間、オレの横顔に誰かの手のひら。

 そのまま、強い勢いで突き飛ばされた。


 あ、わりぃ……

 いや、オレのせいじゃないと思うが。


 突き飛ばされた勢いで、掴んでいた男の手首の関節を外してしまった。


 手首の関節を外された男が、そのままうずくまる。

 悲鳴と一緒に、言葉のようなものを喚いているが、なにを言っているか分からない。

 残りのふたりも、ものすごい剣幕で、まくしたてている。


 言っていることが、さっぱり分からない。

 でも、このままじゃ済まされないということだけは分かる。



 左にいた男の拳が、オレの顔面に伸びた。

 外側に躱す。

 男の伸びた腕を掴んで引っ張りながら、足を引っ掛けると、そのまま前のめりに転倒した。


 残った男が、右こぶしを振りかざしながら、駆け寄ってくる。

 後ろに飛んで、その拳を躱す。

 また足を引っ掛けようと、右脚を出した。

 靴のつま先が、コンと男のスネに当たった。


 男は、悶絶しながら倒れ込み、そのまま地面を転げまわった。


 あぁ……ごめん……

 そういやオレ、安全靴履いてるんだった。

 つま先に鉄板が入っている。

 そりゃ、軽く当たっただけでも痛いよな。


 辺りに、異様な喧噪が湧きだした。


 同じ国籍の人間なのだろうか。

 見渡すと、あちこちの外国人が、オレを見て指差して、喚いている。


 もしかして、これは、まずい?


「ソウジ!」

 ルシアが呼んでいる。

 すでに、軽トラックの助手席に座っていた。

 そうだな。逃げよう。


 これは、明らかにマズい。

 オレはトラックに向かって走った。

 外国人も駆け寄ってくる。


 ポケットに入っていた硬貨を宙にばら撒く。

 千円札も、何枚か宙に舞っていた。

 今日の売上。釣銭も込みだ。


 そこら中からコインが地面に落ちる音。

 その音で、大部分の外国人の足が止まった。



 運転席のドアを開け、カギを差し込みエンジンを掛ける。

 1発で掛かった。


 サイドブレーキを叩き下ろす。

 それからクラッチを踏み込み、ギアを1速に入れる。

 アクセルを踏み込む。


 そのまま一気に加速。

 荷台を蹴とばす音が何度か聞こえたが、最初の交差点を抜ける頃にはエンジンの音しか聞こえなくなった。

 バックミラーには、夕方のネオンが反射しているだけ。


「ふぅ。これじゃ、明日は中止かな」

「ソウジって……」


「なんだよ」

「普段は、動くマネキンみたいだけど、やるときはやるのね」


 どっかで、聞いたことのあるようなセリフが混じっている。


「スカウトはうまくいったのか」

「えーっとね、渡せたカードは7枚。10枚には届いてないわね」


 とりあえず荒川沿いの駐車場へ向かう。


「ルシア、雇用主にメッセージは送れるか」

「送れるわよ。今日の報告していい?」

「ああ、たのむよ」


 駐車場に到着する頃には、すっかり夜だった。


 クルマから降りると、スマホが震えている。

 ルシアもバッグからスマホを取り出している。

 雇用主からのメッセージ。


『明日は中止だ。ごくろうさん』


 ふぅ……仕事が終わった。

 今日も疲れた。

 本当に疲れた。


「お仕事おわりだって。もう4人連絡来たみたい」

「そうか。すごいな」


「ねぇ、ソウジ。ご飯食べて帰らない?」

「なんでだよ……もういいだろ。荷台に残ったパンでも喰えよ」


「イヤよそんなの。っていうか、ひとりで食べろっていうの? ヒドくない?」


「じゃあダレか友達さそえよ。おまえなら沢山いるだろぅ」

「……いないわよ、そんなの」


 そんな顔してもだめだ。

 それも、ルシアの手札のひとつだろう。

 もうオレは、騙されない。


「ソウジ。あなた、まさか忘れてないわよね? 私にお寿司屋さん教えるって言ったわよね?」


 ああ、言った記憶あるな……

 現実世界の記憶だ。圧縮されてるわけでもない。

 いつのことだかは忘れたが、言ったことは思い出した。


「もう、何日も前なんだけど? ずっと待ってるんだけど?」


 寿司屋か。

 そういや、リュウジに聞いたな。

 どこだっけ。

 たしか日本橋。人形町。

 でも、バカ高い店だったらどうしよう。


「割り勘でもいいか」

「なによそれ、知らないわよそんな単語」

「何か国語も喋れるルシアが、知らないわけないだろうが」


 そもそも。

 ルシアは、オレよりも高いギャラを貰っている可能性がある。



 うん?

 何してんだ。


 ルシアが手を上げている。


 タクシーが止まり、後部座席のドアが開く。

 カッチカッチと、ハザードが点灯していた。


 ルシアがそれに、乗り込もうとしている。




「いくわよ、ソウジ。お寿司屋さんはどこ?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ