4.8.11
食事を終えて、ストームとは、ファミレスで別れた。
あいつは、オレ以上にドライだった。
NPCを、生身の人間だといいつつ、ゲームのキャラクター。攻略対象。
カードか駒だとでも思っているんだろうか。
だとしたら、ストームの壊れっぷりは、ある面で、オレを超えている。
いや……もしかしてそっちが正常なのか……
分かんねぇな。
どっちでもいいや。
気がつくと、駅前。
なにも考えずに、電車に乗っていた。
時計を見ると、まだ夜の9時を少し過ぎた時間。
間違えて、前のアパートの駅で降りていた。
ここはもう、オレの町じゃない。
うん? オレの町? それはどこだ?
そんなもの、最初からないな。なに言ってるんだ。
駅前のタクシーに乗り込み、新しいアパートまで戻る。
アパートのエントランスのポストに郵便物。
A4厚紙封筒だ。
抜き取って階段を昇る。
そういや、明日と明後日は仕事だと言われてたっけ。
カギを回して、部屋に入り電灯のスイッチを入れる。
またエアコンつけっぱなしだった。
タイマー機能とか、使ってみようかな。
まぁいいか。
封筒を開ける。
指示書が1枚。免許証が1枚。
それとクルマのカギが1本。
指示書には、2ヶ所の地図。
遠い。埼玉県。西川口の駅の近く。
もうひとつは、荒川沿いの駐車場の地図。
そこには『午前9:00厳守』と手書きの文字。
今回も、なにをしたらいいのかよく分からない指示書だった。
免許証は、以前にも使ったことのあるやつだった。
オレに似たオレじゃない男が写っている。
すでに、住所も名前も、干支も暗記している。
とにかく、明日の朝9時までに荒川の駐車場へ行こう。
荒川に朝9時か……7時起きだな。
寝よう。
未希が畳んでいったブランケットを広げ、クッションに頭を乗せる。
部屋の中が、お菓子臭い。
チョコの匂いと、クッキーのようなスナックが混じった匂い。
それでも、目蓋を閉じたら……
すぐに翌朝だった。
7月31日、土曜日。
時計は朝の6時。
ログインデバイスは置いていく。
ブランケットに包んで、床に投げた。
スマホの充電コードを抜く。
クルマのカギと一緒にポケットへ。
免許証はサイフの中へ。
まだ早いが、することがない。
6時半頃に部屋を出た。
駅まで歩き改札を抜ける。
指示書は6回くらい破いて、ゴミ箱に捨てた。
電車は空いていた。
乗り継ぐこと1時間半。
なんだかんだで2時間。
赤羽駅で降りてタクシーに乗る。
そこから数分。
指示された場所は、コインパーキングのような駐車場ではなく、どこの私有地なのか分からない、4台くらい入りそうな駐車場。
停められているのは、軽トラックを改造した白いキッチンカーのようなクルマだけだった。
時計を見ると、8時52分。
あと8分しかないぞ。
雇用主にメッセージを送る。
『駐車場に到着しました。なにをすればいいですか?』
蝉の鳴き声は聞こえない。
ただただ、蒸し暑い。
すぐ後ろには、荒川の土手。
視線を向けると、その上を行き交う人影。
ジャージを着てジョギングする若者。
犬を連れて散歩する老人。
それを眺めていたら、返信のメッセージ。
『ごくろうさん。今日と明日。おまえはパン屋のアシスタントだ。店長が合流するまで、運転席で待機』
パン屋……? オレが?
店長って……?
いつものことだが、わけが分からない。
だが、どうでもいい。
意味も、理由も、オレが知る必要はない。
ポケットからカギを取り出す。
キッチンカーの運転席のドア。
カギは深々と鍵穴に嵌った。
ずいぶん古い軽トラだ。
あちこちのカドに赤茶けた錆びがこびりついている。
ドアを開けて、運転席に座った。
念のため、ハンドル横の鍵穴に、カギを差し込む。
半分回す。
このクルマのカギで間違いないようだ。
ガソリンは……満タン。
走行距離は2万キロちょい。
ウソだろ。何周してんだよこれ。
シートに腰を沈める。
全体的に綺麗だ。
汚れてはいない。
裏社会の人間は、掃除だけはマメで完璧なのだ。
狭いし、少しタバコ臭いが、悪くない。
だが、恐ろしく蒸し暑い。
とにもかくにも、ハンドルを回して、ドアウィンドウを開けた。
スマホを抜いて、時間を見る。
9時4分。
もう過ぎてるじゃねぇかよ。
店長って誰だよ。
まぁいいか。
来ないなら来ないで、このままここで寝よう。
そのまま目を閉じる。
トラックの通り過ぎる音。
子供がはしゃぎながら、走っていく音。
コンコンコン。
助手席のドアウインドウを叩く音。
目を開けて、首を捻る。
窓の向こうから、女が手を振っていた。
長い黒髪。
白いTシャツの上に、グレーのクロップドキャミ。
日本人が着たらダサいコーデも、この女ならパリで流行のコーデになる。
今日は、水色でレース編みのサマーニットを被っていた。
額やこめかみに汗が滲んでいる。
知ってる女。
お前は。
「ルシア」




