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4.8.8 - ヴァージンヴェール


 穀物袋は、司令部テントに投げ捨てたまま置いてきた。



 焚火に近づき、腰を下ろす。


 ベルトに結びつけていた、アップルワインの紐をほどく。

 栓を抜こうとしたところで、リュウジに声を掛けられた。


「ぃよぅ、ソウジ。シノギは上手くいってんのか」

「どうだろうな……普通だ」

「そうかよ。にしちゃぁ、シケたツラしてんじゃねぇか」


 リュウジの後ろには舎弟のロン。


 リュウジは焚火を挟んで、オレの正面に腰を下ろした。

 ロンはその後ろで直立している。


 リュウジがポーチからバナナタバコを取り出した。

「ソウジ、その瓶は何だ。酒か?」

「これか」


 丁度いい。リュウジに呑ませてみよう。

 毒が入ってたら、ログアウトさせりゃいい。

 コイツなら多少の毒でも間に合うだろう。


「アップルワインだ。呑んでみるか?」

「おう、やっぱり酒か。ありがてぇ」


 瓶を掴んでリュウジに渡す。

 リュウジは、瓶を受け取ると、表面を爪でコンコンと弾いた。


「いい陶器だ。なに焼きだこれは? 日本製じゃねぇみたいだが、ザラつきもねぇし、肌ざわりもいい」


 それは知らなかった。

 オレが陶器を気にすることなんて、あるわけもない。


 リュウジが、栓を抜く。

 けっこう固かったようで、顔を真っ赤にしながらポンと音をたてて、栓を引っこ抜いた。


 そのままラッパ飲みを始めた。

 ゴクゴクと、音をたてて喉に流れ込んでいく。


 ものの数秒で、メモリアの農民の月給がリュウジの胃袋に流れ落ちた。

 さすがに、一気飲みはムリだったのか、途中で瓶を下ろした。


「おい、ロン」

「ウッス。あざっす。いただきまス!」


 リュウジが背後のロンに、瓶を手渡した。

「リンゴジュースみてぇな酒だなぁ」


「そうか。味はどうだ?」

「どうだって、おめぇ自分で呑んでねぇのかよ」

「オレは甘いのが苦手なんだ」

「甘い? まぁ、少し甘みはあるが、正直、こんなうめぇリンゴジュースは生まれて初めてだ」


「……はぁ?」


「うめぇ、ほんとウマいっスねこの酒。ジュースみたいですけど」

 ロンまで、口元を手で拭きながら、アップルワインを褒めた。


 オレもひと瓶掴む。

 指を栓に掛けるが固い。

 これは、片手じゃ無理だ。

 両手の親指を栓に押し当てる。それでも固い。

 全力のさらに上。両腕、両肩の全てのパワーを2本の親指に集約する。


 ここで引き下がったら、リュウジに負ける。

 さらにその上。太腿から足のつま先まで。

 役にたつかどうかも分からない筋肉を全て総動員させた。


 これ以上はもう出ない。

 というところで、栓が僅かに動いた。


 その直後、キュンという音を立てて、栓が緩む。

 あとは摘まんで、引っこ抜くだけ。



 しばらく呼吸を整える。

 まずは匂いを嗅いでみる。


 醸造された果実のアルコール臭。

 それと、清涼感のあるリンゴの匂い。

 変な匂いはしない。


 中を見ると、液体はオレンジに近い色をしていた。

 澄んでいる。カスの浮いたドロドロのネクターではない。

 瓶の底が見える。


 オレもラッパ飲みで恐る恐る、瓶を傾ける。

 まずは少し、舌を湿らせる。


 リンゴの酸味が引き締まり、甘みが押さえられている。

 産地直送の風味。

 アルコール度数は低そうだが、ちょっと背伸びした苦味。

 目を閉じると、リンゴそのものというより、リンゴが育った果樹園の風景が浮かぶ。


 こんどは口に含んで、それを飲み干す。

 喉が潤う。


 これは……美味い。



 思わず、ふぅっと、吐息のようなものが漏れてしまった。

 さすがだ。

 さすが、王宮ブランドだ。


「たしかに……美味いな。コレは」


「どれ、貸してみろ」

 誰かが、オレの瓶を奪い取った。

 首を捻ると、立っていたのは、ウィリアムだった。


「ふむ。ヴァージンヴェール……か、ずいぶんクセの強い文字だな」

 読めるのかよ、その文字。

 ウィリアムは瓶を傾けた。

 口の中で、じっくりと味わっている。


「なかなかいい。ドイツのアプフェルヴァインに似ているが、あれよりも苦みが抑えられていて呑みやすい。洗練された高級感を感じるよ。

 ただ……ぜんぜん酔えないのが欠点だな」


「それは貴族用なんだよ。アル中の司令官は、もう呑むな」


「このワインは、安定供給できるのか?」

「無理だな。ここにある本数だけで農民の年収以上の値段だ」


「ほう。おまえのメモリアも、なかなかやるじゃないか」


 ウィリアムがまたひと口飲む。

 口の中で液体を転がし、うんうんと頷く。


「ところで、テントにオート麦の袋を転がしたのは、おまえか?」

「そうだよ」

「うむ。ご苦労。食糧の提供に感謝する。明日も頼むぞ」


 それだけ言い捨てて、ウィリアムはアップルワインの瓶を持ったまま、司令部テントの中に消えた。

 部下の酒を、勝手に持ち去る司令官。

 勤め先を間違えたな、オレは。



 焚火に視線を戻すと、リュウジは、バナナタバコに火を点けていた。

 ふぅと、甘いバナナの煙を吐き出す。


「いい酒を呑むと、美味い飯が喰いたくなるなぁ」

「ああぁ……ここの飯は最悪だ」

「次の補充で、コックと医者が来るらしい。パン屋もできるし、来月くらいにゃ、もう少しマシになるんじゃねぇか」

「だといいな」


「ソウジ、おまえはどこに住んでるんだ? 東京か?」

「まぁ……東京じゃないが、その近くだ」


「こんど寿司喰いにいかねぇか? いい店があんだよ」

「ああ……寿司か。喰いたいな」

「前に、親分に連れてってもらった店でよ。うまかったなぁ」

「どうせ馬鹿みたいに高い店なんだろ」

「俺ぁ、カネ払ってねぇから、知らねぇが。たけぇだろうな」

「店の名前は」

「日本橋の人形町にある店でな、えーっと、たしか……」


 リュウジが空を見上げた。


三七喜寿司みなきずし……だったかな」


 そういや、誰かに、寿司屋を教えるって話になってたような。


「分かったよ。今度顔だしてみるよ。いつ行けばいい」

「まだ、そんなしょっちゅう寿司が喰えるほど、景気よくねぇよ」

「それもそうだな」

「まぁいつか、あっちで美味い酒と、美味い寿司を喰おうぜ。ソウジ」

「そうだな」


 リュウジと現実世界で酒か。


 まてよ。

 こいつ、モノホンのヤクザだよな……


 関わりたくない。



 リュウジっぽいやつが喰ってたら、店に入るのはヤメよう。




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