4.8.7 - 年貢
使用人うんぬんは、明日からということになった。
なので、今日はこれで解散。
尖塔の住居が、ホコリっぽいので、これからフィオンとヴェータで清掃するらしい。
部屋には、アルクだけが残った。
「もうお分かりかと思いますが、聖女セレン様の使用人というお立場も、肩書だけです。ソウジさんと、ひとつ屋根の下で生活するための方便です」
「ああそうかよ。せいぜい夜這いにあわないように注意させてもらうよ」
「羨ましい限りです」
「なら代わってくれよ、アルク」
「これは、ソウジさんにしかできない仕事です」
お前まで、それを言うのか……
「おっと、忘れるところでした。穀物30キロが階下に届いています。こちらに運びますか?」
もう、報酬受け取れるのか。
女王は能面だが、支払いだけは確実だ。
どっかの、顔も名前も知らない雇用主より、まだ可愛げあるかもしれないな。
「部屋に運んでくれ」
「では、ソウジさんも。私だけでは運べません」
1階に降りると、入り口に穀物の入った大袋と、陶器のワインボトルが4本。
外はまだ、昼を少し過ぎたくらいだった。
「使用人絡みの報酬に、ワインは入ってなかったと思うが」
「女王様の御心付けです。いらないなら私がもらいますよ」
ボトルを掴む。
中央に、この国のエンブレムが焼き印されている。
その下に、ミミズが這いまわったような文字。
筆記体の英文だと思うが、読めない。
アルクも、瓶に視線を落とした。
「銘柄はヴァージンヴェール。王宮お墨付きの最高級ワインです」
「ほう……1瓶いくらだ?」
「市場価値は最低銀貨6枚。生産年度でさらに変動しますが……これは前年度のものですね」
農民の給料半年分。
どんな味がするのか気になるが。
だれかに毒見させるのが先だ。
「これ4本で、銀貨24枚ってことか」
「あくまで市場価値です。王族に献上されるワインは、アルコールの利権絡みでタダ同然です。タダで貰ったお茶菓子のお裾分けみたいなものですね。お気になさる必要は無いと思いますよ」
ってことは、毒を抜いて、街に横流しすりゃいいのか。
なんだ。簡単な仕事だ。
「アルク、1本やるよ。フィオンとヴェータと3人で分けろ」
「え、いただけるのですか?」
「なんだよ。なんの問題がある?」
「毒は入っていないと思いますよ?」
「…………」
穀物袋と陶器瓶のワイン3本。
アルクと2人でそれを抱えて2階へ。
「明日の朝には戻る」
「いってらっしゃい」
オレは寝室から、前哨基地へ飛んだ。
テントに戻ると、真横からザックザックと地面を掘る音。
黒ヒゲパン屋の土台工事が、すでに始まっているようだ。
「おい、黒ヒゲ」
男の方に向かって声を掛けたが、反応しない。
こいつの名前なんだっけ。
思い出せないので、穀物袋を担いで、黒ヒゲのところまで歩く。
「おい、黒ヒゲ」
「おや、ソウジさん。どこ行ってたんだい?」
「納品だ。納品書よこせ」
「え? もう? 今朝の話だよ。早すぎない?」
「知らねぇよ」
「僕の店がオープンするのは、まだ1ヶ月くらい先だよ」
「そっちの事情なんか知るか」
穀物袋を黒ヒゲの足元におろした。
黒ヒゲが視線を落とす。
「あれぇ、これオート麦?」
「だからどうした」
「ごめん、うちで、オート麦のパンを焼くのは、とーぶんムリだよ」
「なんでだよ……同じ穀物だろ」
「オート麦は膨らまないからね。クッキーとか焼けたら美味しいんだけど、ウチ、パン屋だし。焼くとしたら、パクシマディかなぁ……でもいまは、いらない。
当面は、粥か家畜のエサじゃない? ウィリアムのところに持って行ったら?」
家畜の……エサ……だと。
オレには、麦の違いなんか分からない。
同じ麦だろ。なんでダメなんだよ。
クソっ……あの能面女、またやりやがったな。
「なぁ、ソウジ。あの瓶はなんだい?」
「あれは毒だ。お前は呑むな」
こうなったら、ワインに賭けるしかねぇ。
とりあえず、瓶の紐をベルトに結ぶ。
推定1リットルのワインの陶器ボトルを3本。
そして30キロの穀物袋。
それを抱えて、司令部のテントへ向かった。
もしかしたら、最近足腰が強くなったかもしれない。
以前よりは楽だ。運べる。
しかし、キツイものはキツイ。
腕の血管を浮かせながら、オレは脚を動かした。
辿り着いた司令部の幕をあげて、中に入る。
とにかく穀物袋を地面に落とす。
「はぁ……っ。今日の年貢だ。ウィリアム」
おい。
なんだよ……
司令部には誰もいなかった。




