4.8.6
「あなたには、このまま王城で寝起きしてもらうわ」
今日も表情が固定されたマネキンのリノン。
使用人達は、リノンの食べかけの朝食を下げ始めている。
「ここに住むのも、仕事の条件ってこか」
「使用人とはいえ、王族。聖女ですからね。
住居は王城。他に選択肢なんてないわ。
北東の尖塔の部屋を空けるから、そこの2階に居住しなさい」
「……で、聖女さんはどんなやつだ」
「あとで、顔合わせさせるわ。先に尖塔に行ってなさい」
話はそれで終了。
リノンはモルウェナの手を引いて、食堂から出て行った。
やはり、どう見ても親子だ。
そのあと、従士の青年がオレに近づき、頭を下げた。
「ご案内いたします」
従士の後に続き、食堂を出て、大扉から外へ出た。
そのまま城内にある練兵場沿いに歩いて行く。
練兵場は、そこそこ広い。
中央で、十数人の従士が並び、教官らしき男が激を飛ばしている。
案内された建物は、練兵場に面した石造りの円柱の塔。
4階か5階建てくらいの高さがある。
そして、てっぺんが、尖っている。
中へ入ると、牢獄看守の待機所のような広間。
その奥に、寝室がふたつ。
片方の部屋には、セミダブルくらいのベッドがあり、飾り棚や本棚が設置されていた。
もう片方の寝室は、雑な木枠のベッドが4つ。
あとはベッドの足元にチェストがあるだけ。
こっちは寝るだけの部屋だな。
ロビーの脇にある湾曲した階段を昇る。
2階は、少しはマシな、書斎のような部屋になっていた。
従士が振り返り、口を動かす。
「こちらが、バイスタンダー様の居住区になります」
書斎の奥の扉を開けると、寝室になっていた。
壁は扇型で、石造りだが、床はフローリング。
ベッドの下あたりに、バケツをひっくり返したような黒い染み。
しかも少し生臭い。
明らかに事故物件の塗装だ。
部屋の奥に大きな2枚扉がついていた。
開けてみると、小さなバルコニー。
眼下は練兵場だった。
走らされている従士の姿。
草野球チームが練習しているような掛け声が、バルコニーにも届いていた。
まぁ、雰囲気は悪くない。
「こちらでしばらくお待ちください。順次、使用人が参られる予定です」
従士が階段を降りていった。
以前は誰が住んでいたのだろうか。
王権争いで何人もの王族と聖女が殺されている。
詮索するつもりもないし、知りたくもない。
そもそも、こんな血生臭い部屋で寝起きするくらいだったら、前哨基地のテントの方がマシだ。
オレのここでの仕事は、この部屋で寝起きすることではなく、聖女の面倒を見ること。
そして、穀物を手に入れて、黒ヒゲのパン屋に麦を流す。
それだけだ。深くかかわるつもりもない。
トントンと、開けっ放しの寝室の扉を叩く音。
バルコニーから視線を向けると、見知った女が立っていた。
蜂蜜色の髪。青い瞳。フードは下ろしていた。
暴漢を投げナイフで仕留めて、ギャーギャー泣き出した騎士見習い。
「フィオン……」
「本日より、バイスタンダー様の使用人となりました。なんでもお申し付けください」
ああ、もう、なんだよ、あの女王。
騎士見習いとはいえ、まだ15歳かそこらだろ。
面倒見の対象を、またひとり増やしやがった。
「おい……フィオン、あのな」
「はい。バイスタンダー様」
帰れとも言えないよなぁ。
こういうところで、冷徹になれないのが、オレの欠点だ。
「おまえ、まだ懲りてないのか」
「え?」
「オレの使用人になるんだったら、オレをバイスタンダーと呼ぶな」
「は、はぃ……では何とお呼びすれば」
「おまえは誰だ?」
「フィオンです」
「オレはソウジだ」
「かっかしこまりました。ソウジ様!」
ニコニコしやがって。
どうせ作り笑いだろ。
また、トントンと扉を叩く音。
立っているのはふたり。
独りは、作り笑いのプロ。
「アルク。まさか、お前も使用人になりたいのか。悪いがお断りだ。帰れ」
隣に立っていたのも、見知った若い女性。
屋敷の襲撃で足を捻挫したヴェータだった。
「ひどいですねぇ、ソウジさんは。私もそうしたいのは山々なのですが、残念ながら違います」
「じゃ、なにしにきた」
「こちらのヴェータを、使用人に推薦するべく伺いました」
コイツまで、オレに面倒を増やすのかよ。
オレになにか恨みでも……
……あるか。心当たりも沢山ある。
「もう足はいいのか、ヴェータ」
「はい。まったく問題ありません。ソウジさん」
いや、その前にだ。
「なんで、女ばっかりなんだよ。人数減らすか、男に変えてくれ」
「それはダメです」
「なんでだよ……」
「ソウジさん。
建前はソウジさんの使用人ですけど、よく考えてください。
フィオンもヴェータも、聖女様の身の回りのお世話が業務の主体です。まさかソウジさんが、14歳の聖女様のお着替えや、お洗濯をなさるつもりですか?
まぁ、ソウジさんが、どうしてもそれをしたいというなら、やぶさかではありませんが」
つまり。
この人選を断わったら、オレは変態扱いされる。
そういう縛りかよ。
洗濯も着替えも、使用人なら自分でやれよ。
ズレてんぞすでに。
「もういいよ……好きにしてくれ」
「ックク。賑やかな生活になりそうですね」
アルクの薄笑い。
「それで、主役のお姫様はいつくるんだ?」
トントン……
扉を叩く音。
薄茶色のドレス。
質素だが、襟元がフリルになったブラウスのようなエプロン姿。
長い黒髪を左右で三つ編みに束ね、頭にはクリーム色の布巾を載せている。
ドレスの裾を、両手でちょんと持ち上げて、ひざをゆらっと曲げた。
「セレンと申します。バイスタンダー様。よろしくお願いいたします」
蚊の鳴くような声だった。




