4.8.5
あれから4日後の朝。
ストームカレンダー48日。
オレのテントの隣に家が建つことになり、住人予定の男が挨拶にきた。
美術館の彫刻のような真っ直ぐな鼻。
髪の色は黒だが、だいぶ癖が強そうだ。
そしてヒゲが濃い。
男は、パブロと名乗った。
いちど見たら忘れそうにないくらい彫りの深いヒゲヅラ。
にもかかわらず、すぐ忘れる自信のある名前。
黒ヒゲだけ覚えておけばいいだろ。
どこの国から来たのかと英語で聞くと「グリース」と答えた。
そんな名前の国、聞いたことないな。
「でもね、グリースは外国人がつけた国の名で、僕らは『エラダ』って呼んでるよ。君の国もそうだろう? ジャパンじゃないよね」
エラダもグリースも、聞いたことがない。
よほど小さい国か、山奥のド田舎なんだろう。
どうでもいいよ。知ってるフリをしよう。
それより、テントとベンチしかないオレの敷地と違って、黒ヒゲの敷地には、すでに木材や石材が運ばれていて、本格的な家屋の建築準備が進んでいた。
この世界のオレの身の回りでも、社会格差が生まれようとしている。
「君は、穀物の卸業者なんだろ?」
「だれがそんなことを」
「え、ウィリアムだよ? 僕はここでパンを焼くから。これから君が運んでくる穀物は、ぜんぶ僕が買い取るよ、どんどん持ってきて。君にも美味しいパンを焼いてあげるよ」
オレんちの隣にパン屋。
しかもメモリアの原始人パン屋ではなく、プレイヤーのパン屋だ。
それは、悪くないかもしれない。
ああ、なるほど。そういうことか。
オレは昨日、基地の司令官であるウィリアムに脅迫された。
「穀物を搬入しないなら、お前は偵察隊に編入だ」
冗談じゃない。絶対に嫌だ。
まぁそれも、仕方がないことだった。
この基地からメモリアに渡ることができる住人は、いまだに3人しかいないらしい。
そして3人に期待されているのは、メモリアから基地への食糧の供給。
完全な居住者はオレと、リュウジ。
そして新たに、この黒ヒゲ。
リュウジはバナナしか持ってこない。
オレはほとんど基地にいない。
そこに現れた、まともな食糧の供給源。
それがこの黒ヒゲの男というわけだ。
オレは黒ヒゲに穀物を供給する。
黒ヒゲがパンを焼く。
ウィリアムの要求は、基地内での最初の流通システムということだ。
その歯車に乗らないと、オレは偵察隊に放り込まれる。
まだ黒ヒゲが、横でベラベラと喋っている。
適当に相槌を打ちながら、黒ヒゲが喋ってる途中でオレはメモリアへ飛んだ。
飛んだ先は、ヴィルゴ王国の王城。
使用人部屋。
扉はきちんと閉まっている。
オレはその扉を開けて、部屋を出た。
聞き耳を立て、足音や話し声を拾う。
早歩きだが、音を消そうとする足音。
それと、カチャカチャと食事をする音。
食堂へ向かう。
女王のリノンと、その姪のモルウェナが朝食を食べていた。
「あら、もう戻ってきたの?」
「英雄様! おはよう! おかえりなさい!」
モルウェナが、食事の手を止めて立ち上がった。
使用人も、きびきびと動き回り、皿を出しカップを出し、パンを置き、スープをよそる。
あっという間に、オレの朝食の準備が整った。
最後にモルウェナがサラダの入ったボウルを運んでくる。
やめろ、それはモルウェナの仕事じゃないだろう。転ぶぞ。
使用人が青い顔をして、中腰のままモルウェナの横に張りついている。
いやまて、そんなことをしにきたんじゃない。
「リノン。使用人の件。話を進めようじゃないか」
リノンが、布で口を拭いている。
その布をテーブルに戻し、唇だけ動かした。
「構わないわよ。とりあえず座りなさい。バイスタンダー」
オレはまた、流され、巻き込まれる。




