4.8.3
剣を売って鍛冶屋を離れる。
人だかりは、まだおさまらない。
バイスタンダーが女王に従った。その噂はすでに広まっている。
でも、それがどんな人物なのか?
それが知れたのが、たぶん今。
「おい、フィオン」
「はい」
フィオンの誇らしげな顔。
オレは、フィオンのフードを掴んで、引っぺがした。
蜂蜜色の髪が、ふわっと広がり、陽の光を吸い込んで黄金色に輝いていた。
タンスの中で眠っていた蝋燭のような匂いがする。
「次は勝手に、バイスタンダーという言葉を口に出すな」
「あっ……も、申し訳ありません」
18歳前後だと思ったが、まだ15~6歳かもしれない。
そばかすの残る、あどけない少女。
青い瞳が輝き、生気に満ち溢れている。
フィオンは、英雄の共をして、街を練り歩いている。
その任務が、嬉しくてたまらないのかもしれない。
「いいよ。またボッタくられそうになったら、こっそり教えてくれ」
掴んだフードを、またフィオンの頭に戻す。
「はい、申し訳ありませんでした」
もう、いいって。
使用人だの、騎士だの、従士だの。
めんどくせぇヤツばっかりだ。
それでも、今は、頼れるやつがこいつしかいない。
「フィオン」
「はっ」
「もう少し、案内を頼めるか?」
「はい。なんなりと」
「頑丈で、長い革紐が欲しいんだが、どこへ行けば手に入る」
群衆は、まだオレを眺めている。
しかも、増えている。
膝をついて、拝んでるやつまで、ちらほらと見える。
乞食みたいな男は、いまにも物乞いをしにきそうだ。
「とりあえず歩こう」
「はい」
歩きながら、フィオンが首を捻る。
「ここから近いところですと、荷役業者がよいと思います」
「分かった。そこでいい。案内してくれ」
「かしこまりました」
近いつっても、また何キロか歩くんだろうな。
「この裏通りを抜ければ、すぐです」
フィオンを先頭に、薄暗い路地へ。
家と家の間は、3メートルくらいしかない細い路地だった。
その路地に入り、数分。
前を歩くフィオンの左上。
フードの上から、剣が振り下ろされていた。
まるでスローモーション。
フィオンの汚れひとつない、緑色のフード。
それが潰れ、赤色に染まる未来が見える。
考える暇もない。
重心を変える時間すらない。
右手でサンダーソニアのグリップを掴む。
鞘から抜く勢いのまま、垂直に撫で上げる。
なんの音もしない。
感触もない。
振り下ろされる途中の腕が、ふたつに分離した。
剣の刃が、フィオンの頭上に落ちていく。
オレは、剣を握る腕で、フィオンを突き飛ばす。
ついでに、落下中の腕の片割れと剣も弾き飛ばす。
フィオンがつんのめる音。
その音を聞きながら、オレはカラダを捻る。
捻りながら、腕が欠けた黒い影にサンダーソニアの刃を流す。
振り向くと、路地を塞ぐ男が2人。
茶色のローブ。
剣を抜き、フードを被っている。
構える余裕もないまま、手前の男が剣を突き出した。
見ろ。予測しろ。
オレの左胸を狙っている。
重心は完全に前掛かり。
たぶんフェイクではない。
なら簡単だ。
男の伸ばした右腕にサンダーソニアを撫でおろす。
力を失っていく男の剣先。その剣を左手で、素手で叩き落とす。
そのままグリップを両手で握り、左下から男のカラダをえぐる。
オレの左半身にのしかってきたので、弾き飛ばす。
あとひとり。
そいつは、踵を返し、路地の道を逃げ出していった。
オレの左横から、銀色の物体が吹き抜けた。
逃げようとした男の背中に、銀色の葉っぱのようなナイフが突き刺さった。
それから2~3歩、男は足を進めたが、背を向けたまま膝から崩れ落ちた。
路地に静寂が戻った。
振り向くと。
女の子座りをしたフィオンが、ナイフを投げた体制のまま固まっていた。
フィオンが、オレと視線を合わせた。
フィオンの両目から、ボロボロと涙が溢れだした。
唇を結んで、肩を震わせ、眼を見開いたまま。
息を止めて、噴き出しそうな衝動を堪えている。
ああ……
そうか。そうだよな。
分かるよ。
その気持ちはオレも知ってる。
だから、少し、手伝ってやろう。
「ありがとう、フィオン。次も頼むよ」
フードを被ったままのフィオンの眼から、涙と鼻水が噴き出した。
そのまま両手で顔を覆って、子供のように泣き出してしまった。
しばらく止みそうもない。
まぁいいか。
気持ちよさそうに泣いている。
止めばスッキリするだろう。
薄暗い裏路地。
転がっているのは、茶色のローブの男3人。
その血だまりで、泣きじゃくる騎士見習い。
そのうち人も集まるだろう。
ああ、めんどくせぇ。
オレは、革紐を買いに行きたいだけなのに。




