4.8.1 - おとめ座の国
ストームカレンダー、43日目。
オレは今日。ついに、前哨基地に食糧を供給した。
ライ麦30キロ。
リンゴワインの小樽1本。
重すぎるので、ライ麦とワインで2往復。
それを、ウィリアムのテントへ運んだ。
どうだ。
これでもう、文句ないよな。
オレは明日から。いや今日から。
堂々と守備隊の任務をサボる。
ウィリアムはまぁ、少しは喜んだ。
少しだ。
とくに、ワインは喜んでいた。
しかし、前哨基地は90人。
しかもほぼ全員が肉体労働。
30キロのライ麦なんて、本気出せば1日で無くなると言われた。
「なんなら、今夜、ソウジの食糧提供パーティーでも開催しようか?」
それをやられたら、ライ麦どころか、ワインもひと晩で消滅するだろう。
それでも、最後にウィリアムが付け加えた。
「食糧の提供に感謝する。明日も頼む」
サンダーソニアのクロスガードを握りしめながら、ウィリアムのテントを出た。
聖女王国の宮廷サスペンスにクビを突っ込んで、やっとの思いで手に入れた穀物とワイン。
オレは頑張ったはずだ。
それがたったの1日分。
冗談じゃねぇよ。
もう、女王に頼るのはやめよう。
あんな詐欺師の国。オレなんかじゃ、まったく太刀打ちできない。
やはり、商会か農家との直接契約。それがいちばん楽で確実だ。
資本主義は、カネさえあれば裏切らない。
そのカネは、ウィルコープスの装備を横流しすりゃいい。
辺りは夜だった。
オレが持ち込んだ食糧は、たぶん軍属の朝飯になるんだろうな。
もういい。考えるのはやめよう。
次は1週間くらいサボれる量を運んで、ウィリアムの開いた口を塞げなくしてやる。
オレは詰所に寄って、横流し用に、状態のいい剣を3本掴む。
それからテントに戻って、ヴィルゴ王国に飛んだ。
場所は王城の小部屋。
オレは空いている使用人の部屋で目蓋を開けた。
昨日から、この小部屋を借りている。
なんせ、女王から借りた屋敷は、賊に襲撃されて床が血塗れ。
王族を脅迫したので、もう襲われることはないだろうが、ただでさえ陰鬱な屋敷なんかで寝られるかよ。
だから今夜もここで寝ることにした。
扉のカギはしっかり閉めておく。
翌朝。
トントンと、扉を叩く音。
立ち上がって扉を開けると、モルウェナが佇んでいた。
「英雄様、いた! 朝ごはん食べよう」
モルウェナがオレの腕を掴み、引っ張っていく。
連れていかれたのは城内の食堂。
そこにパンとスープが3人分並んでいた。
食堂の壁際には、若い剣士が2人。
それと、女性の使用人。
モルウェナに手を引かれ、オレも席につく。
キャベツとカブのようなものが沈んだシチュー。
それと黒パン。
王族の朝食のくせに、思っていたよりも質素だ。
若い剣士が急に姿勢を正す。
使用人も動きを止めて、頭を下げた。
食堂にリノンが現れた。
叙任式以降、能面の表情もすこしばかり砕けていた。
歌舞伎人形が、デパートのマネキンくらいにゆるんでいる。
しかし、薄気味悪さは上がっている。
食事が始まる。
席は離れている。
もう毒見は必要ないのだろうか。
零しながら食べるモルウェナの口の周りを、使用人が布で拭いている。
リノンは、それを眺めている。
なんだよ、この部屋は。
オレはなんで、こんなところで飯くってんだよ。
「バイスタンダー」
女王リノンが食べる手を止めた。
たぶん、オレを呼んでいる。
「なんだよ」
「新しく使用人をつけようと思うんだけど」
「やめてくれ。また死体が増えるだけだ」
「もう襲われることはないわよ。あなたはこの国の賓客なのですから」
「だったら尚更、使用人は不要だろ」
「女性と男性、どっちがいい?」
「オレの話、聞いてたか」
「ひとりくらいいないと、カッコつかないでしょう」
「カッコ悪くて構わない」
「王族をつけるわ」
「……は?」
「タダとは言わない。了承してくれたら……10日おきに穀物30キロ。どう?」
「それはつまり、仕事の依頼か?」
「まぁ半分仕事ね」
「オレに、なにをさせるつもりだ」
「あなたの使用人に、叔父様の娘を推薦するわ」
「なんで、王族の聖女様が、使用人の仕事なんかするんだよ」
「あのね、あなた勘違いしているかもしれないけど、聖女は貴族とは違うの」
リノンは、入り口で待機していた剣士に目くばせした。
剣士は、そそくさと、使用人とともに、食堂から出て行った。
「聖女はね、富とか権力よりも、国への奉仕を優先するのよ。
そのためなら、なんだってするわ。
とは言え、普通の貴族の使用人なんてやらせるのはムリだけど、あなたは伝説の英雄。バイスタンダー。問題ないわ」
「聖女はそれでよくても、叔父が了承しないだろう?」
「叔父様も了承してるわよ」
「なぜ?」
「まだ、諦めてないのよ。あなたを抱き込むつもりなんじゃない?」
「どういうことだ?」
「使用人に推薦するのは、継承権2位の次女の方。
叔父様はそれであなたを抱き込んで、影響力を取り戻そうとしてるんじゃないかしら」
何考えてるんだ、あのオッサンは。
もしかして、脅かしすぎたか。
オレのことをなにも分かってないじゃないか。
まったく……
「この国の男は、馬鹿ばっかりだな」
「そうね。ホント、馬鹿ばっかり……だからそこに付け込んでひっくり返すのよ」
「ひっくり返すって、なにが狙いだ」
「もし、継承権2位の次女が、あなたに求婚したら……」
ん……
なんつった今。
聞き間違いか。
「望むものを、あなたにあげるわ」




