4.7.30 - 真・叙任式
叙任式は終わった。
そのあと、会議室のような場所へ誘導される。
テーブルの上には大皿。
大量の肉や野菜が、盛り付けられていた。
これはたぶん祝賀会。
椅子がないから立食会だ。
オレは、朝っぱらから、ヴェータを背負ってここまで歩いた。
実は、もうクタクタ。座りたい。
「お疲れさまでした。ソウジさん」
「椅子はどこだアルク。足がガクガクだよ」
「あと少しだけ我慢してください。なにか食べますか?」
テーブルの周囲を見渡す。
食べたいと思うものはない。
というか食欲がない。
「英雄様っ」
振り向いて視線を落とす。
無邪気に微笑む、モルウェナがいた。
手に数本の白い花を持っている。
「はい。どうぞ」
モルウェナが、その花をオレに差し出した。
オレは膝を折って、その花を受け取った。
「ありがとう。聖女様」
「うふふふ」
「嬉しそうだな。モルウェナ」
「これから、たくさん英雄様に会えるんでしょ? お話きかせて?」
「そうだな。また今度な」
「それと、英雄様。モルウェナじゃなくて、ウェナって呼んで」
「分かったよ、ウェナ」
白い花から香る、ユリの匂い。
「我が全霊を、聖女ウェナ」
( My utmost, my Saint Wenna. )
モルウェナがますます、微笑んだ。
なんだか、一瞬、時間が止まった気がする。
「ソ……ソウジさん……」
「うん?」
なんだ、アルク。どうした?
「私は今のお姿を……生涯忘れません」
何言ってんだ、コイツは。
オレは立ち上がる。
テーブルの周囲に視線を流す。
「アルク、叔父ってどれだ」
アルクが涙ぐんでいる。
なにかカラいものでも喰ったのか。
「は、はい、あちらの御仁です。いまテーベと話をしておられます」
「なんだ、テーベも来てたのか」
「そのようですね」
「ちょっと、仕事してくるよ」
「はい?」
あんまり、こういうのは好きじゃないんだけどな。
オレも、アイツらのルールでやらせてもらおう。
「おい」
「……?」
五十過ぎのオッサンが振り向く。
こいつが、リノンの叔父。
次の王女の祖父になるかもしれない男。
それと取り巻きの男が数人。
テーベがオレの顔をみて、慄いている。
孫娘らしき姿は近くにいない。
「ひとついいか?」
「うん? なんだね、バイスタンダー」
「知ってるかもしれないが……
オレは、殺されても25年後に蘇る。
さて、そこで質問だ。
25年後、おまえや、おまえの娘は生きてるかのな?
まぁ娘は生きてるかもしれないな」
「な……なに言ってるんだ。無礼な」
「まぁ聞けよ。次の質問だ。
もしオレがこの国で死んだら?
そして、25年後に、この国で蘇ったら?
いいか『誰かに殺されたら』じゃない。『死んだら』だ。
馬車の車輪が外れようが、野盗に闇討ちされようが、関係無い。
条件はひとつ。『オレがこの国で死んだら』だ。
蘇った後のオレは、オレはなにをすると思う?」
「なんだ……私を脅すのか」
「おまえを? 脅す? くだらねぇ……
あのな、リノンも聖女も、村人も町人も。
オレには関係ない。
オレがこの国で嵌め殺されたら、問答無用でこの国の責任だ。
嵌め殺したのは誰だろか? 証拠?
全部どうでもいいんだよ。
真実は、オレがこの国で嵌め殺されたってことだけだ。
んで、その恨みを抱えたまま、この国で蘇るんだ。
オレはそのとき、最初になにをすると思う?」
「……な、なにを……」
「さて、最後の質問だ。
おまえは明日からどうする?
どう生きる? なにをして生きる?
誰かを嵌め殺して25年の栄華を貪るのか?
いいだろう。目先の幸せは大事だ。
大いに賛同するよ。
でもな、嵌める相手だけは間違えるなよ?」
オレは、こいつの娘。聖女のツートップに視線を向けた。
「寝る前によく考えろ。今夜から、毎晩だ。
おまえはどうしたいのか。
娘にどんな将来を残したいのか」
叔父のオッサンは、口をあけたまま、静止していた。
もう、いいだろう。充分だ。
それから、テーベに視線を向ける。
「テーベ」
「は……はい」
口を半開きにして、顔面蒼白。
浅い呼吸。そろそろ倒れそうだ。
「いろいろ、手配してくれて助かった。
全部おまえのおかげだな、テーベ。
またスピカへ行ったときも頼むよ。
ああそうだ。次はおまえの会社も見学させてくれ」
「も……もっも、もちろんです。ソウジさん。街を挙げて歓迎いたします」
テーベの顔は、青いまま。
このくらいでいいだろう。
だが、また次もオレを嵌めやがったら……
いや、別にいいか。
テーベもただ、仕事をしただけ。
嵌められるやつが悪い。
だからもう、どうでもいい。
過去の話だ。
夕方。
祝賀会は、まだ続くようだ。
あとは、タダ酒の飲み会が続くだけだろう。
もうオレに用は無い。
オレとアルクは、モルウェナと2人の剣士を伴い、祝賀会の部屋を出た。
向かった先は、女王の別邸。
別邸に入れるのは、限られた使用人と、わずかな側近だけ。
剣士2人を入り口に残し、オレとアルク、モルウェナの3人で別邸の中へ。
リノンは執務室にいた。
「報酬を渡す時間ね。迷子の救世主さん」
「そうだな。じゃあ聞かせてくれ」
オレは、腰の剣のグリップに触れる。
「この剣について、知ってることを」
サンダーソニアのこと。
リノンは変わらず能面のまま、口だけ動かして語り始めた。
この剣の前の所有者は、バイスタンダーだと語った。
この国に、様々な知識と恩恵をもたらした英雄。
その英雄が持っていた剣。
バイスタンダーは、この剣を当時の女王に残し、以来、この国から消えたと言う。
話の途中で、リノンは袖をめくり、白い腕をオレの前に突き出した。
「その刃を、私の腕にあててみなさい」
なにを言い出すんだ突然。
できるわけないだろうが。
アルクも青ざめている。
この剣は、簡単に腕を斬り裂き、肉体すらも骨ごと両断する。
触れただけでも、リノンの腕が離れ落ちるかもしれない。
ところがリノンは、オレもアルクも無視。
自らオレの剣を引き抜き、そして自分の腕に当てた。
そしてそのまま、持ち手の力を抜く。
白刃の重みが、リノンの腕の皮膚にのしかかる。
さらにそのあと、リノンは軽くその剣を自分の腕に振り下ろした。
しかしなぜか、サンダーソニアは、なまくらだった。
リノンの皮膚が、ゴムに当てたように、ぽんとその白刃を跳ね返した。
腕には、傷も跡も、なにも残っていない。
呆気にとられているオレにリノンが視線を向ける。
「この剣はね、斬ろうと思ったものしか斬れないの」
「は……?」
「知恵で切り裂く。
それは、なにも、賢くなれってわけじゃないの。
必要なのは、斬ろうとする意思、イメージ」
「意思? イメージ?」
「なにも斬ることができない呪い。
なんでも斬れてしまう祝福。
その両方が宿る剣。それがサンダーソニア」
「なんでも斬れるって、どういう」
「斬ろうと思って、斬るイメージができたなら、なんでも斬れるらしいわよ」
「なんでもって……大木とか、岩でもか?」
「斬ったところは見たことがないけれど、伝承にはそう書かれているわ。岩どころか、鋼鉄の剣だろうが斧だろうが、イメージさえできれば全て両断。
あなたには、イメージできる?」
リノンがオレの手に剣を戻した。
太いところでも、指2本ほどの幅の細く軽い剣。
それを岩にぶつけるなんて、刃がふたつに割れるイメージしかできない。
「おばあ様から聞いた話だけど、バイスタンダーは、その剣でヒゲをそっていたらしいわよ。ヒゲだけ剃れて、自分の皮膚は傷つかないからって」
「は? ヒゲ剃り……?」
「なんにせよ、その剣は元々バイスタンダーの剣なの。だからあなたに返すわ」
「そうか……」
「ああでも」
「うん?」
「あなたが野垂れ死にそうになったら、またこの国で預かるわよ。
そして、また次のバイスタンダーへ。その頃の女王は、私じゃないだろうけどね」
リノンは、窓辺で退屈そうに座っていたモルウェナに視線を向けた。
能面に、笑みが宿っている。
サンダーソニアに込められた闇。
分かったような、分からなかったような。
ますます、深まっただけな気がする。




