4.7.29 - 叙任式
シェルタンは、死んでいた。
左手にダガーを掴んだまま。
刃には、乾燥した黒い液体がこびり付いていた。
ロビーには、他に死体はない。
引きずったような跡が、外に続いているだけ。
考えなくても、想像はつく。
誰かがオレを殺しにきた。
「ヴェータ」
返事はない。
「レグルス」
外で、小鳥がピッピと囀りながら、どこかへ飛んで行った。
剣を抜く。
外に出たが、変わったところはなかった。
黒い染みが点々と、庭の外へと続いている。
馬は生きていた。桶に首を突っ込み、飼い葉を食んでいる。
馬車の荷台もそこにある。
剣を抜いたまま、壁から離れて屋敷を周っていく。
その途中で、ヴェータが転がっていた。
ヴェータは、屋敷の真裏で意識を失っていた。
ヴェータに近づく。
見たところ、外傷はない。
「ヴェータ」
肩を揺すりながら声をかける。
ヴェータが眼を開けた。
生きていた。
「ソウジさん……ご無事だったのですね……よかった」
「おまえは立てるか」
「いっ……」
「どうした、どこをやられた」
「足が……」
薄く開けた目蓋がゆらゆらと動き、眼球が泳いでいる。
足を確認したが、大きく膨らんだ箇所はなく、変な曲がり方もしていない。
靴を脱がせると、足首に大きな青あざ。
触れて痛む箇所は、足首だけのようだ。
捻挫だな。それとたぶん脳震盪。
歩くのはムリだろうが、命に別状があるようには見えない。
だからって、ここに置いていくわけにもいかないよな。
馬車に乗せていく……のはムリだ。
馬車の運転なんて、したことがない。
しかたないから、背負う。
「申し訳ありません。わたしは大丈夫です。王城にお急ぎください」
「いや、それがな。オレは道が分からない。おまえを背負おうから、道案内してくれ」
「プッ……フフ」
「行けるか?」
「はいっ……お任せください」
ヴェータを背負い、屋敷を離れた。
歩きながら、なにがあったかを聞いた。
襲ってきた賊は、おそらく十数人。
シェルタンは、オレの小部屋を守り、勇敢に戦ったらしい。
ヴェータも、覚悟を決めて2階で戦っていたが、突き飛ばされて窓から落下。
気がついたら、目の前にオレがいたようだ。
「レグルスはどうした」
「昨日は、お屋敷に戻りませんでした」
シェルタンは戦って死んだ。
ヴェータは2階から突き落とされて気絶。
レグルスはひと晩不在。
トリガーになったのは、オレが記憶の回廊を見せたからか?
だとしたら、密告はヴェータ?
レグルスはなんだ?
2階は見ていないが、1階と庭に死体はなかった。
賊に犠牲は出なかったのか。それとも、賊が回収したのか。
ダメだな。なにも分からない。
単純に考えると、怪しいのは、回廊を見たヴェータ。
だとしたら、背負ってるヴェータにダガーを抜かれて、首を斬られる。
でも、そのそぶりはない。
このままオレが王城に辿り着いたら、叙任式が始まり、オレはリノンの持ち駒になる。
だとすると、次はレグルス。
しかし、街に入っても、誰も襲ってこない。
使用人は全員無実か?
なら、どうして屋敷の場所が分かった?
最初から誰かに尾行されていたのか?
いよいよ、王城の壁が見えた。
もうすぐ正門。
そこから、アルクが駆け出してくる。
背中のヴェータを見て、ため息を吐いた。
「ソウジさん、なにがあったんですか?」
「オレが聞きたいよ」
太陽はもう昼に近い。
「遅刻したか?」
「そうですね。だいぶ遅刻ですが、問題はありません。すぐに叙任式を始めましょう」
「犯人が誰かなんて、分からないよな?」
「反現王派しか考えられませんが、証拠はなにも出ないでしょうね。ただの野盗の仕業で片づけられるだけです」
「レグルスが行方不明だ。探してやってくれないか」
「分かりました。手配しておきます」
ヴェータは、城内の詰所に預け、アルクの先導で城内のいちばん大きな建物の中へ入る。
光を取り込む窓も小さく、中は薄暗かった。
アルクが、通りかかったエプロン姿の女性になにか指示を出している。
そのあと、上品な椅子やテーブルが配置された小部屋に入る。
「叙任式の準備はできています。あとは主役の登場だけです。その前にソウジさんは、式典の手順とセリフを覚えてください」
アルクの説明。
手順もセリフも簡単だったので、すぐに覚えた。
そして大広間へ。
思っていたのとは違い、殺風景な広間だった。
差し込む陽の光は僅かで、薄暗い。
太い石造りの柱に、いくらかの蝋燭の火。
柱に支えられている湾曲した天井。
広間の先に、リノンと十数人の人影。
その背後の壁に、大きなタペストリーが掛かっている。
前にも見たことがある。
真ん中に輝く星を、麦の穂で囲むような絵。おそらくこの国の紋章。
リノンの右後ろから、口髭を生やした男が、声をあげた。
「ただいまより、ゲストナイト叙任式を執り行います……」
そこから、長々と口述が始まる。
どうでもいい。聞く必要はない。
リノンの左後ろに、似たような修道女の格好をした年配の女性。
五十代よりも、もっと年配だろうか。
雰囲気が、リノンにどことなく似ている。
そのまま視線だけを流していく。
地味な、白っぽいドレスをまとった若い女性がふたり。
あれが、王位継承ツートップの聖女なのかな。
その横に五十代くらいの男性。
叔父とかいうヤツだろうか。
そこから少し離れたところに、モルウェナがいた。
先日の若い剣士2人が、その背後に控えている。
ッフフ。
モルウェナが口元を綻ばせ、小さく手を振った。
モルウェナの周りだけは、お花畑だ。
陰謀の闇を寄せ付けない、天真爛漫なオーラ。
この中に聖女がいるとしたら、モルウェナだけだな。
その他にも、大勢の貴族が立ち並んでいる。
馬車で見かけたオヤジの顔もある。やっぱり、あいつは偉いんだな。
「……その証を見せていただきたい。バイスタンダー!」
おっと、オレのシーンか。
左手を叩き、ログインデバイスを出現させる。
周囲に見えるよう、その手を上げる。
参列者に見えるように、右へ左へと掲げる。
「おおぉ」
どよめきがたつ。
これでオレも、この国の公人。
蘇った英雄。そして女王のマブダチ。
言い逃れのできない、存在になった。
なにやってんだろな、オレ。
やっぱり茶番だろコレ。
そろそろ腕下ろしていいか。疲れた。
女王リノンが、前に出た。
その手にのっているのは、ふた房の麦の穂。
上下逆さまに重ね揃えて、リノンの手のひらに、のっている。
この国、おとめ座の象徴らしい。
善と悪。正義と罰。清廉と堕落。嘘と真実……
能面のリノンが、唇だけを動かした。
「異界の勇者、伝承の騎士。
我が聖国の安寧と共にあれ。
この穂が、我らの誓いの証となる」
リノンが、麦の穂をオレに差し出した。
オレは、膝を折る必要も、手の甲にキスをする必要もなかった。
ただ、立ったまま、少し近づき、その穂を両手で受け取る。
オレのセリフ。
なんだっけ……ああ……
「全身全霊を。我が聖女」
( My utmost, my Saint. )
リノンは、能面のまま。
たぶんオレもだ。
外見は全く違うのに、目の前にあるのはまるで鏡。
喜びも、悲しみも。
夢も希望も。過去も未来も。
どこかに投げ捨て、蓋をしたような顔。
もしかして、オレ達。
案外、気が合うのかもな。
周囲がしんと静まり返る。
このあとどうするんだろう。
もう終わりか? まだなにかあるのか?
パン……パン、パン。
誰かの手を叩く音。
たぶんアルクだな。
その音が、困惑した空気を切り裂いていく。
その音が徐々に増え、乱れていく。
いつのまにか、大広間は、拍手の音で埋め尽くされた。
拍手の中から、ボソボソと誰かの声。
(また囲いやがったか……)
(こんどは、伝説の勇者様かよ……)
(お盛んなことで……)
残念ながら……
オレとリノンにあるのは、空っぽの約束。
伝説の勇者でもない。
オレは、なにもしていない。したくもない。
ただ流され、巻き込まれただけ。




