4.7.28
ソフィアには、オレのメモリアの馬文化について説明した。
ばん馬のような巨大な馬が存在すること。
馬車馬として利用されているが、乗馬の概念がないこと。
「それじゃあ、手綱とか鞍とかもないのかしら」
「鞍は見たことはないな。手綱は、馬車用ならあるが、乗馬用は無いだろうな」
「だったら、まずはその2つね。革紐だけでも作れるから、作り方を教えてあげる」
ソフィアから、あぶみと、乗馬用の手綱の結び方の説明を聞いた。
その2つがないと、たて髪にしがみついて、振り回されるだけになるらしい。
いずれも、長い革紐が必要で、前哨基地では手に入らなかった。
メモリアで探してみよう。
辺りはすでに、夕方の色に染まり始めていた。
オレは食材を取りに行く必要があるので、そこでソフィアと別れた。
ソフィアもヘラジカの様子を見に行くと言う。
オレはテントに戻り、メモリアの屋敷へと飛んだ。
暗い個室に戻り、扉を開ける。
今回も扉が開けられた形跡は無かった。
正面の玄関が、ギーッっと奇妙な音をたてて開く。
開けたのは、ヴェータだった。
「あ、ソウジさん、買い物戻りました」
ヴェータからズタ袋2つ渡される。
かなり重い。よく持って帰ってきたな。
中には、陶器のワインボトルが3本。
乾燥豆と玉ねぎ。それと大麦の入った小袋。
ワインボトルを1本抜き取り、ヴェータに手渡した。
「これは、おまえらで呑め。しばらく出かける。オレの晩飯は不要だ」
「は、はい。えっとでは、護衛を」
「それもいらん」
ズタ袋を背負い、小部屋へと戻る。
もういいか……めんどうだ。
「いまから、記憶の回廊を出現させる。よく見て、見たことを忘れるな」
「は……はい」
左手を叩いて、ログインデバイスを出す。
そういや、これを見せるのも初めてか。
いままでこいつらは、オレがホンモノかどうかも知らなかった。
これでやっと、オレがホンモノだと知ることになる。
小部屋に入り、部屋の中央へ。
扉はもう開けっ放しでいい。いちいち面倒だ。
記憶の回廊を出現させる。虹色の幕が現れる。
ヴェータもそれを見ている。
「叙任式の朝には戻る。それまで留守番頼むぞ」
「はい。ソウジさん。いってらっしゃいませ」
小部屋の外から、ヴェーダが深々と頭を下げている。
見ろと言ったのに。まぁ見たか。見たよな。
そのままオレは、前哨基地へ飛んだ。
眼を開けると、焚火の火が点けられている。
ガヤガヤと女性が談笑する声。
中心にいるのはソフィア。
そのまわりに、さらに3人の女性。
3人とも二十代後半くらい。
フリルのついたローブや、泥の付いたエプロンドレスのような服を着ている。
焚火の回りが、地方のパブのようになっていた。
「あらソウジ。おかえり。今夜みんなで泊まっていくから。いいわよね?」
「おい……帰れ……」
「なによ。ヒドイわね。馬のこと教えてあげたじゃない。それにみんな美人でしょ。感謝してほしいわ?」
「ねぇソフィア。ソウジ君、なんか怒ってない? 突然押しかけてごめんね」
「ノープロブレムよ。いつもこんな顔だから。気にしないで」
そのあと自己紹介やらなんやら。
オレが持ってきた食糧とワインは、すべてソフィアらに奪われた。
「なにコレっ、あんま~い」
「ソウジ君、甘党なの? わたしも甘いの好きだけど、これはちょっと甘過ぎね。あははは」
なにがおかしいんだよ……
もう、オレには誰がどれだか分からない。
聞いたばかりの名前も全部忘れた。
ソフィアすらも、どれだか分からなくなりそうだ。
持ってきた食材で、ソフィアがポタージュを作った。
久しぶりのソフィアのポタージュ。
魔法で微粒子改良をしているからだろうか、ソフィアの味付けは独特だ。
そして、日本人向きの味ではない。
2本のワインは、あっという間にカラになった。
そして、ソフィア達は寝た。
オレのテントで。
勝手に。
オレは、焚火にあたりながら、夜空を見上げるだけだった。
テントの方から、ソフィア達の寝息が聞こえ始める。
だれだか知らないが、イビキも聞こえる。
オレはなにをしてるんだ。
なにがしたいんだ。
流されるだけの自分が嫌になる。
まぁ、それも。数分のこと。
しばらくすると、それ自体が、どうでもよくなる。
テントに顔を向けると、イビキの音が2つに増えていた。
オレはソフィアを信頼していない。
でも、ソフィアは、オレを信頼しているんだろうな。
オレは、誰も信頼できないから、ヴィルゴの屋敷で寝るのを避けた。
ソフィアは、なんの心配もせずに、友達まで呼んでオレのテントを占有している。
まぁいいか。
また、どうでもよくなってくる。
だから、考えるのやめる。考える必要がなくなる。
そして、興味がなくなる。
もしかして、オレがいちばん興味ないのって、オレ自身なのかな。
翌朝。
ソフィア達が帰っていった。
今回の補給部隊は、ヘラジカを連れて全員帰った。
基地の食糧は、いまだに足りていない。
家畜が増えたが、しばらくは、繁殖させて増やす必要があるだろうから、まだ喰えない。
今日は1日、前哨基地で時間を潰す。
ずっと昼寝しているつもりだったが、メモリアから持ち込んだ食糧は、夕べすべて、ソフィア達に喰われてしまった。
だから、働くことにした。
たまには守備隊の仕事をする。
4日ぶりなので、ティナを含め、周囲からの視線が冷たい。
木材を運んだり、水を濾過したり、果物の収穫を手伝う。
いや、ふざけんなよ。
それのどこが、守備隊の仕事だ。
まぁでも、食事が貰える。
昼と夕方。洋ナシとスープを分けてもらった。
洋ナシは美味かったが、スープは不味かった。
リュウジに、菜の花酒の晩酌に誘われたが、それは丁重にお断りした。
今夜は自分のテントで寝ようとしたが、寝られなかった。
なんだ……この匂いは……
あまったるいような、ぬるっこいような……
仕方なく、テントの横布をぜんぶ広げて、空気を入れ替える。
だがその途中で、焚火の横でオレは寝てしまった。
眼が覚めたら、朝陽が昇り始めていた。
今日は、叙任式。
ちゃんと、殺されずに朝を迎えたぞアルク。
これで、借りは返せるな。
オレはログインデバイスを出して、ヴィルゴの屋敷へと飛んだ。
まだ薄暗いが、陽が差している。
小部屋の扉は開けっ放し。
見ると、正面玄関も開けっ放しだった。
自由にやれとは言ったが、扉くらい閉めろよな。
小部屋を出ると、ノッポのシェルタンが転がっている。
こんなところで寝てた……のか。
近づこうとすると、足元がベトついた。
視線を落とすと、古くなった床が、ますます、どす黒く変色している。
だんだんと、陽が昇り、屋敷の床もよく見えてくる。
いつもよりロビーが明るい。
窓が破壊されているからだ。
床は、黒い染みがぶちまけられていた。
ところどころに、黒いペンキに浸したモップを引きずったような跡。
それが、外へと続いている。
もう一度、シェルタンに視線を戻した。
シェルタンは、眼をあけたまま。
ピクリとも動かず、黒い液体が染み込んだ床の上で転がっていた。




