4.7.26
陽が暮れる直前。
茶髪とブロンドの2人が、屋敷から出てきた。
主寝室の準備が整ったという報告。
そのあと、厨房がまだ使えないというので、焚火を使って夕食の準備をさせてくれという嘆願。
調理をするのは、ブロンドの女。
茶髪は、厨房からホコリまみれの鍋や、皿を取ってきて、井戸で洗い始めた。
「バイスタンダー様」
ブロンドの女がオレに声をかけた。
「苦手な食べ物はありますか?」
「……甘いものは苦手だが、ないよ」
「かしこまりました」
夕食の準備が終わるころ、馬車に乗ったノッポが戻る。
運転台から降りて、焚火の近くで座っているオレの前で直立した。
「アルク様、送り届けました」
ブロンドが作った夕食は、野菜が入ったパンのシチュー。
具もたくさん入っているし、匂いも悪くない。
ボウルが配られ、全員が焚火の周りに腰を下ろす。
そして、オレとボウルを交互に眺めている。
ああ……めんどくせぇ。
食事が始まる前に、言っておこう。
「おい、おまえら」
3人が同時にオレの顔を見た。
「あの修道女からなにを指示されてるのか知らんが。
オレの許可は不要だ。勝手に喰え。
喋りたいことを好きに喋れ。眠くなったら勝手に寝ろ。
さぼっても、オレはなにも言わん」
3人とも、どうしたらいいか分からない顔をした。
もしかして、言葉が通じないのか。
「いいから喰え。腹減ってるんだろ」
最初にボウルに口をつけたのは、茶髪だった。
そのあとに、ブロンドの女。
最後にシェルタン。
言葉は通じるな。
「食べながらでいいから聞け。
ここでのルールは2つだけ。
オレが寝てる部屋には絶対に入るな。
それと屋敷と備品を壊すな。
あの馬と馬車も備品だぞ。その2つだ。守れるか?」
3人が、うなずく。
「それと、次は頼み事だ。
この屋敷でなにをしてもいい。
オレが寝てる部屋以外、自由に使え。
自分の家だと思っていい。
オレが、頼みごとをすることもあるが、従う必要はない。
嫌なら嫌と言え。いいか?」
3人が、またうなずく。
茶髪だけ、大きくうなずいた。
「最後にもうひとつ。
オレをバイスタンダー呼んでもいいが、呼びにくくないか?」
ブロンドの女が答えた。
「では……なんとお呼びすれば?」
「なんでもいいけど……おまえの名前は?」
「ヴェータです」
「ヴェータ。オレの名前は知ってるか?」
「ソウジ……さん?」
「ああ。よろしくな、ヴェータ。食事をありがとう」
ヴェータが、少し驚いた顔に変わる。
「それから、ノッポ」
「はい、ソウジ様」
「おまえは、シェルタンだよな。様でも、さんでも、呼び捨てでもいいよ。ここでは名前で呼び合おう」
「分かりました」
「それと、茶髪のおまえは……なんだっけ」
「はい。レグルスです」
「オレの部屋はどこだ」
「はい。お2階の主寝室です」
「レグルス。悪いがオレは今夜、1階の使用人部屋で寝る。主寝室はおまえらで使え。最初のルールは覚えているか?」
「え、はい……えーっと……」
聞いてなかったなコイツ。
シェルタンとヴェータは真面目。
がさつなのは、レグルスだけ。
「おい、シェルタン」
「ソウジ様がお休み中の部屋には決して入らない。
お屋敷やその備品を壊してはならない」
「覚えたか? レグルス」
「はい……申し訳ありません、ソウジ……様」
「あやまらなくていいよ。ここはおまえらの家だ。好きに使い、好きに管理しろ。でもな、女王から借りてる家だということを忘れるな。大切に使え」
女王という単語を聞いて、シェルタンと、ヴェータの表情が変わる。
シェルタンは神妙な顔。ヴェータは微かに頬んでいる。
筋肉マッチョのレグルスだけが、ボウルのシチューをかき込んでいた。
うまそうに食べている。
「レグルス。これも喰っていいぞ」
「え……」
オレは、シチューに口をつけず、ボウルをレグルスの横に置いた。
ふと、傍らにあったワインボトルに視線が止まる。
アルクが残していった、呑みかけのリンゴワイン。
いくらも残っていないが、ひと口ずつ回し飲みするくらいはあるだろう。
オレは、それを掴んで立ち上がる。
シェルタンとヴェータも立ち上がろうとした。
「いいよ、座ってろ」
目上が立ち上がったら、部下も立つ。
そういう文化もあるよな。
「ヴェータ」
「はい」
「大して残ってないが、3人で呑め」
「は、はい。ありがとうございます」
「オレはもう寝る。あとは好きにしろ」
それだけ言って、呆けてる3人に背中を向けた。
本当にめんどくせぇ。
あいつらは、あいつらで勝手にやってくれ。
オレはそのまま、屋敷の中へ。
使用人部屋は階段の横。
扉を開けて中に入る。
部屋の中にはなにもない。
窓もなく、ホコリ臭い密室。
扉を閉めると、真っ暗だ。
左手からログインデバイスを出して、文字の光で扉を照らす。
ポーチを開けて、おやしろから持ってきた金貨を抜き取る。
それを、扉の上の隙間に載せた。
だれかが扉を開けたら、その金貨は床に落ちる。
単純すぎる仕掛け。
持ち去られたら、全員解雇して、新しい金貨を女王に請求すればいい。
それともうひとつ。
ドアノブ側の扉のカド。そこに、獣脂を混ぜた油を塗る。
扉を開ければ、扇形の油の線が描かれる。
金貨に気を取られてもなお、薄くて細い油の線に気がつくヤツ。
それに気がつくなら、そいつは合格だ。
優秀さを素直に認めよう。
明日が楽しみだ。
オレはそのまま、記憶の回廊へ。
エレメント・ノードの前哨基地へと飛んだ。
3日ぶりだ。




