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4.7.24 - モルウェナ


 屋敷の中は、思ったより荒れてはいなかった。

 というか、なにもない。

 玄関を入ると広いロビー。

 その中央には、お約束の大きな階段。

 それが途中で左右へと分かれ、2階へと続いている。


 そして、ホコリっぽい。

 昼間なのに薄暗い。

 オレとアルクは、手分けして屋敷の木窓を開けた。


 長い年月、だれも管理していなかったのだろう。

 柱のあちこちが、ひび割れている。

 床や壁は、インクを薄くぬったように黒ずんでいる。

 歩き回ると、床からギィギィと板が軋む音。


「ちょっと肌荒れがヒドイくらいです。ケアすればもとに戻りますよ」

「別に、このままでもかまわないよ」


「ソウジさんが良くても、国のメンツがあります。英雄バイスタンダーの邸宅なのですからね」


 だったらもっといい屋敷はなかったのかよ……

 まぁ別にいんだけど。

 オレは、記憶の回廊が呼び出せる空間と、寝る場所があればそれでいい。

 この建物をまともに使うことが、どれだけあるのか。


 1階の窓をひととおり開ける。

 厨房に物置、食堂、使用人部屋。

 部屋が多すぎる。

 それより、中はホコリっぽいので、オレ達は庭に出た。

 アルクは馬車に行き、荷台に積んであったズタ袋を掴む。

 その中からワインボトルとパン。それと干し肉を取り出した。


「中は湿っぽいので、外で入居祝いをしましょうか」


 庭に、石炉を組んだ焚火の跡がある。

 雑草が生い茂っていてずいぶん古そうだ。


 焚火跡のすぐ近くに井戸。

 アルクがふたを外して、井戸の中を覗き込む。


「さすがに、まだ毒は入ってませんよね」


 焚火跡の雑草を抜き、薪を積んで火を点ける。

 そのまま、オレとアルクで焚火を囲む。

 まだ夕方にもならない時間だが、水で薄めたリンゴワインで乾杯した。


「ソウジさんと焚火を囲むのも、久しぶりですね」

「そうだな。半年前の旅以来だな。オレにとっては、もう50年くらい前の記憶なんだけどな」


「はて? 私には、ついこのあいだのことですが」

「渡し人……じゃなくて、ここではバイスタンダーか。とにかくオレは、ここでの暮らしをすぐに忘れてしまうらしい」



 ふと、リノンとモルウェナの顔が浮かぶ。

 あのふたりは、伯母と姪の関係なんだよな。

 それにしては、よく似ていた。


「ひとつ、オレの推測を聞いてくれるか。友人のアルク」

「はい? なんでしょう」


「オレは用心深いんでな。お前にだけ確認させてくれ」

「……?」


「モルウェナは、本当に、リノンの姪か?」

「……はい?」


 アルクの表情に動揺は無い。

 とぼけているのか、ほんとうに何も知らないのか。

 表情からは、なにも推測できない。

 だから、コイツに関しては、半分ウソ。半分本当。



「腹の探り合いはなしだ。だからオレが思っていることを、お前にだけ話しておく。まぁ……不敬だと言うなら、この場で斬り捨ててくれてもかまわん」


 アルクの顔色は、変らない。


 モルウェナは、リノンの弟の娘。

 そして、モルウェナの父もすでに死んでいる。

 母親も同じ事故で死んでいると言っていた。


 それはつまり、生き証人が、だれもこの世に残っていないということ。

 DNA検査もないこの世界では、証明できるものが、なにもない。

 違わぬ真実を知っている者。

 それは母親だけだろう。



「モルウェナの母親。本当は誰だ?」



 アルクが下を向いた。

 オレの目線から、表情を隠した。

 隠しきれないウソか?

 それとも、怒ってるのか?

 そうだよな。そんなこと、考えるだけでも不敬だからな。


 でもよ……


 リノンは、自分の命を危険にさらしてまで、モルウェナの未来を守ろうとしているんだろ?


 オレが知らないだけで、もしかしたら、それが国王っていう生き物なのかもしれない。

 正当な血筋、国の将来、亡き王弟の忘れ形見。

 そのためにあの修道女は、自分の王位と命を、モルウェナに捧げようとしているのかもしれない。

 だから、この推測は、半々だ。


 でもよぉ……

 オレにはそうは思えないんだよ。


 幼くして、両親を亡くした娘が、あんなに無邪気に笑っていられる理由。

 人形みたいな修道女の傍で、花が大好きだなんて言える理由。



「なぁ、アルク。

 オレは、おまえを責めようとしてるわけじゃない。

 女王やアルクが、オレに真実を話そうが、話すまいがどうでもいい。

 この国の聖女だとか、王政だとかにも興味はないし、そこに命をかける、聖女や騎士の信念を、否定したりも肯定したりもしない」



 そんな冷徹な場所で、モルウェナが笑っていられる理由。

 そんなの、オレにはひとつしか、考えられない。


 あの笑顔は、ホンモノだ。

 いつも近くに、母親がいる少女の笑顔。



「オレにはな、同じなんだ。

 聖女の未来も、真な娘の未来も、区別はない。同じ未来だ。

 オレから見たら、モルウェナは、ただの無邪気な10歳の女の子。

 リノンは、感情をどこかに押し込んで蓋をした、ひとりの女だ。

 そのリノンが命をかけて守ろうとしているものはなんだ?」



 アルクの足元に、ポタポタと水滴が落ちている。

 呑み過ぎたのか。

 それとも、剣を抜くのを歯を食いしばって耐えているのか。

 違うよな。


「アルク、おまえが守りたいものはなんだ?」




「陛下のみこころは……私には……」





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