4.7.19
扉を出て、裏通りに戻る。
庭園と違い、ここの通りは薄暗い。
アルクを先頭に、そのまま壁伝いに歩いて行く。
どこへ向かっているのか、ここが街のどのあたりなのか、オレにはサッパリ分からない。
しばらくついていくと、2階建ての木造建築物の前で止まった。
カギも使わずにその扉を開け、中へと案内された。
最初に踏み入ったのは広い部屋。
大きなテーブルと、それを囲む椅子。
奥の壁に、タペストリーのようなものが吊るされているが、暗くて、どんなものなのかは、よく分からない。
その部屋の脇にある階段を昇り2階へ。
薄暗いが、分厚いガラスがはめ込まれた窓があり、陽が差し込んでいる。
階段を昇りきるとすぐに部屋。
ベッドがふたつ、中央にはテーブルと椅子。
脇には執務机がある。
アルクはテーブルの傍の椅子に腰を下ろした。
オレもその向かいに腰を下ろし、日本語でアルクに質問した。
「オレに、なにをさせたいんだ? なにをさせられるんだ?」
「陛下は今、出所不明の聖犯の噂で、お立場が危うくなっています」
「それで? オレの存在で、その噂を掻き消そうと?」
「それもありますが、陛下も、無駄に王座に留まろうとは考えておられません。噂が燃え広がる前に、身を引こうと考えておられます」
「ならどうして?」
「モルウェナ様です」
「あの少女か? あの子はなんだ?」
「モルウェナ様は、リノン陛下の弟君の次女。つまり聖女。
継承権第4位の王位継承候補者です」
ああ……どうでもいい……
現代社会の政治にすら興味がないのに、古代の王位継承権なんて、本当にどうでもいい。
「王族の姫は14歳を過ぎると、継承筆頭順位群へと格上げされます。モルウェナ様は現在10歳と4カ月。あと3年と8カ月で、筆頭順位群の名簿に記入されます」
アルクのお経のような早口言葉。
思いついた質問だけ、アルクに投げ返す。
「それまでの時間稼ぎをしたいということか」
「その通りです」
「他の継承者はどうなっているんだ」
「リノン陛下の叔父にあたる人物の18歳の孫娘が、現在第1位。その妹君が14歳で第2位となっています」
「3位は?」
「リノン陛下の祖父にあたる孫娘が、42歳で第3位です」
えーと……
いとこの娘と、その妹がポールポジションで?
ほとんど他人の孫で、おそらくリノンよりも年配の婦人が2列目?
「それで4年くらい経つとどうなるんだっけ」
「リノン陛下の弟の娘。つまり、お父上の直系である、モルウェナ様が14歳になれば、その時点で第1位となります」
なるほど。
叔父のチームは、3年8ヶ月以内にモルウェナを暗殺するか、リノンを失脚させないと、娘は王女になれない。
そりゃたしかに、王宮も荒れるかもな。
「モルウェナは次女と言ったな。他に娘はいるのか?」
「リノン陛下には、姉と妹がおられますが、すでにご結婚されています」
「結婚すると、継承権は消滅する……だったか」
「リノン陛下の兄上。こちらにも姫様がふたりおられました……
が……長女は不審死。次女は誘拐されたまま行方不明。
そして、モルウェナ様の姉君。
所在不明なのですが……14歳でご存命です。ご結婚なさる予定です」
「行方不明なのに存命で結婚の予定?」
「数度の暗殺未遂と思われる出来事があり、地方に潜伏しておられます」
「不審死、誘拐、行方不明。この国の治安はどうなってるんだよ」
「お恥ずかしい限りですが、こればかりはどうにもなりません。王族の継承権争いというのは、傍から見れば滑稽なものなのでしょうね」
「モルウェナは安全なのか」
「現在は、リノン陛下のお側にあり、厳重な警備のもとで管理されていますが、完全なものではありません」
あんなに小さくて、花をめでる無邪気な少女なのに……か。
「ちなみに、弟殿下もすでにお隠れになりました」
「は? お隠れって」
「馬車の車輪が外れ重傷を負い、そのまま……
その事故で、モルウェナ様のお母さまも一緒にお隠れになりました」
「……聖女も、その家族も大変なんだな」
「まったくです……お昼のお茶会であっても、口につけるものには、必ず毒見が必要です」
アルクが、遠い目で、空を見上げた。
「亡き弟殿下の忘れ形見であるモルウェナ様に、なんとしてでも王位を継いでほしい。それがリノン陛下と、女王派の切なる願いです」
「他の候補者を殺害したのは誰だ?」
「誰かは分かりませんが……その結果、叔父の孫娘が現在1位と2位です」
現代社会で、足を引っ張りあってる政治家のほうが、よほど健全だな。
「で、そんな魔境で、オレになにができるんだ」
「かつての英雄、バイスタンダーの主となれば、大きな箔が付きます。
ソウジさんがなにかをする必要はありません。
存在をチラつかせるだけで、女王派の影響力は増し、リノン陛下に向けられる不信も霧散することでしょう」
にわかには信じられない。
アルクも、リノンも、夢でも見てるんじゃないのか。
いや……縋るのはオレではなく、バイスタンダーか。
昔のプレイヤーは、すごかったんだな。
「オレはなにもしなくていいんだよな?」
「はい。ああ……しかし、叙任式だけは出てください。それをしないとなにも始まりません」
「まぁ、だいたい理解した。それくらいならやってもいいだろう」
やりたくないけどな。
だから、オレも欲しいものを提示しよう。
「オレの条件を出そう」
「なんでしょう?」
「どこでもいいから、目立たない場所に棲み処を用意してくれ」
「それは簡単ですね。たとえばこの家でいいなら、今日からここはソウジさんの家です。ここが嫌なら別の場所も手配できます。他には?」
「従士3名を付けると言っていたよな。それはただの監視役だろう。不要だ」
「それは……どうでしょう。
監視も含まれていると言うのは否定しませんが、護衛や連絡の任務も含まれていて、おそらくそちらの意味合いの方が強いかと思います」
「護衛? 女王からの依頼は、護衛が必要な要件なのか?」
「…………」
「誰かが、オレの首を斬り落としに、夜中に忍び込んでくるのか?」
アルクが、困った表情に変わってしまった。
「ソウジさん……正直に申し上げます。
その危険性は、ゼロではありません。
25年後に蘇るあなたの命の価値観は、私には測りかねますが……
あなたの存在は、リノン陛下の名誉と、この国の安寧に関わるもの。
モルウェナ様のお命にも関わります。
万にひとつも、あってはなりません。
モルウェナ様が14歳になるまで、あなたには、生きてもらわなければ困るのです。ですから、従士の件は、どうかお受けになってください」
まぁ……
そりゃそうだよな……
暗殺が横行する宮廷。
そこに突然現れた、女王派の最重要人物。
ヘタしたら、まだ時間のあるモルウェナよりも緊急の事案だ。
狙われるに決まっている。
しかしオレは、いつでもどこでも、エレメント・ノードに逃げられるし、そもそも、いつ殺されてもいいとすら思っている。
なのでやはり、
「それでも、従士は不要だ。断わってくれ。
これは、辞退ではなく、オレからの条件だ」
「わかりました……」
「ああそれと」
「まだなにか?」
オレは左手で、サンダーソニアのクロスガードに触れた。
「この剣について知りたい。この国に残っている、サンダーソニアについての話を、いつでもいいから聞かせてくれ」
アルクが笑顔を見せた。
作ったような笑顔ではなく、自然な笑顔だ。
珍しい。
「それなら了承されるでしょう。
リノン陛下にお願いしてみます。
他になにかありますか?」
「それだけだ」
アルクが立ち上がる。
「それでは今日明日中に、ソウジさんの条件をリノン陛下に伝えます。
明日の夕方に、またこの部屋で落ち合いましょう」
「ああ、わかったよ」




