4.7.18
「あなたはバイスタンダーなの?」
アルクに、リノン陛下と呼ばれた修道女。
能面という言葉がピッタリの顔だ。
夢も希望も、どこかに置き忘れてきたような虚ろで動きの少ない表情。
「本当に、無表情ね。アルクから聞いていた通りね」
それはおまえだろ……鏡でもみてるのか。
アルクは、もうひとつの椅子を引き、モルウェナと呼ばれる少女を座らせた。
うん?
どうしたんだアルクは。
今にも冷や汗を噴き出しそうな青い顔。
もしかして、オレが不敬をやらかさないか心配しているのか。
「ソウジと言いましたか、まずは身元を明らかにしてくれますか」
さっきから、ひとりで喋っているリノンが、テーブルの中央を指差した。
彼女の指の先に視線を落とすと、テーブルの真ん中だけ、長方形のガラスのようなものがはめ込まれていた。
名刺入れほどの大きさのガラス。
なにか文字を刻んだような窪みがある。
これがなんだと言うんだ。
アルクに視線を向けると、その表情は、ますます真っ青。
そのアルクが、左手でを広げて、右手で叩いている。
ああ、ログインデバイスか。
オレの前に座る女。
佇まいは尋常じゃないが、それ以外は、どうみても修道女だ。
この女が本当に、この国の頂点なのか。
オレを騙すつもりなら、もう少しましな女を連れてきそうなものだ。
なのに、わざわざ、修道女を連れてきた。
だからこそ逆に信憑性がある。
まさか、裏の裏をかいて、あえてこのキャストを用意したのか。
いいだろう。
この演劇にオレも出演してやるよアルク。
これでおまえへの借りが返せるんだよな?
まぁ別に、茶番でも構わないんだけどな。
オレは左手を叩いた。
ぼやっとした光のあとに、透明なログインデバイスが姿を現す。
その手をテーブルの中央へ伸ばし、真ん中のガラスの横に置いた。
はめ込まれたガラスと、オレの手にあるログインデバイスの姿形は、ほぼ同じものだった。
「これでいいか?」
「あら、喋ったわね」
横に座っているモルウェナの眼がまん丸に変わっていた。
「うわぁ、このヒト、ホントに英雄様なの。まほう? ねぇこれまほう?」
リノンもオレの左手を覗き込んでいる。
「本物……なのですね。では、大事なお話を始めましょうか」
その前に言っておきたいことがある。
「その前に先にいいか?」
「……なにかしら?」
「そこのアルクに、なにを聞いてるのか知らないが、オレはマナーも作法も知らないし、この国がどうなろうとも興味は無い。気に入らないことがあったら、オレはすぐにこの国を立ち去る。それでもいいのか?」
リノンは、ふぅっと息を吐きながら、椅子の背もたれに寄りかかった。
オレに、上目遣いの視線を投げる。
上目だろうが、なんだろうが、能面のままだ。
「かまいませんよ。わたくしも今は羽休み。政治の話はしたくありません」
「なら……回りくどい話は抜きだ。あんただって忙しいんだろ」
アルクの顔が、ますます青ざめていく。
これから遺書でも書きそうなほどに陰鬱だ。
アルクの顔色を見る限り、本当なのかもな。
この女性こそが、この国の当代の女王。
だとしたら、この女が着ている服は、さしずめ囚人服。
「それで、あんたは、オレになにをしてほしいんだ?」
「話が早くて助かるわ。あなたにやってほしいことはね……」
リノンが、テーブルに両腕をのせて、上半身をオレの方へと寄せた。
「この国ではバイスタンダーを名乗ってちょうだい。
その上で、わたくしに仕えるゲストナイトの叙任を受けてもらう。
それから、あなたの部下として従士3名を付ける。
どう? やってくれるかしら?」
ひとつ目はまぁ……いいだろう。
渡し人だろうがなんだろうが、そこにこだわりは無い。
「ゲストナイトってなんだ?」
「わたしの側近の騎士になりなさい」
「悪いが、それは、お断りだ……」
「まぁ、聞きなさい。
この国の街や王城への出入りは自由。
パーティや公務への同行をお願いすることもあるけど、強制はしない。
軍務を依頼することもあるけど、強制はしない」
「ようは、肩書だけの側近契約か」
「そうよ。わたくしが欲しいのは、あなたの存在と影響力。
まぁ、何回かはパーティか式典に出席してほしいけど、強制しないわ」
「それを了承したとして、オレはなにが貰えるんだ?」
リノンは能面のまま、ゆらりと顔を傾けた。
「……なにがほしいの?」
なにが?
それもそうだな。
オレは、なにが欲しいんだ?
しばらく考えたが……
とくに欲しいものはない。
しいていうなら、ぜんぶ断って、いますぐここから立ち去りたい。
「少し考える時間をもらっていいか?」
「もちろん、かまわないわ。
もう何カ月も待っていたのですから。
この国で言ったら、百年以上も待っていたのよ。
こうして会えただけでも、先祖の加護、バイスタンダーの導きを感じるわ」
オレは、空を見上げて、ふぅと息を吐いた。
ため息じゃない。深呼吸だ。
ふと、そのまま、モルウェナの方へ視線を落とした。
オレを眺めていたようで、眼が合った。
この子は、なんなんだろう。
そのまま眺めているとモルウェナが口を開く。
「お花。パンジー? こっちは……アルメリア?」
ああ、左胸のブローチか。
「アルメリアじゃなくて、スターチスらしい。ヘタクソだろ」
「ふふっ、かわいい。英雄様はお花好きなの?」
女王は能面の人形だが、モルウェナは無邪気な子供のようだ。
よく見ると、目鼻立ちが、リノンによく似ている。
弟の娘だから、姪か。
能面のリノンが笑ったら、モルウェナのような笑顔になるのかもしれない。
よく似ている。
おっと……不敬だと言われてこの場で処刑されてしまうかもしれない言葉を口にしそうだ。
やめておこう。
「どうだろうな。モルウェナは花が好きなのか?」
「うん。ウェナはお花大好き。ここにも、たくさん咲いてるでしょ」
そういや、そうだな。
テーブルの周囲は、花だらけだ。
なんの花かは知らないが、色とりどりのいろんな花が咲いている。
なんだか、気が抜けた。
もういいだろう。今日は帰ろう。
視線をアルクに向ける。
さっきまで、冷静さを欠いていたアルクだが、平坦な顔に戻っていた。
オレと眼を合わせたアルクが、目蓋をぴくっと震わせた。
そして、リノンに歩み寄り、また膝を折る。
「陛下。本日は下がらせていただきます」
リノンが頷く。
アルクは立ち上がり、オレの方へと歩み寄る。
オレも、椅子から立ち上がった。
「また、明日もお会いできる? バイスタンダー?」
首を捻って、リノンに顔を向けた。
「オレはソウジだ。名前で呼んでくれ」
「わかったわ。ソウジ。いい返事を待っているわね」
オレは背中を向けて庭園を離れた。
帰り道はどこだ。
他に足音がしないので、テーブルの方へ振り返る。
アルクが、リノンの傍でヒソヒソと会話をしている。
しばらくすると、アルクもするすると後ろ歩きで庭園を離れた。
ふたりの若い剣士は、そのまま庭園の隅に佇んだままのようだ。
オレとアルクは、その場を立ち去った。
「ソウジさん……敬語を使って欲しいと言いましたよね……」
「ああ、言ってなかったか。エングル語は知っているが、敬語は教わってない」
「そうですね……ソウジさんにはそういうの不要ですね」
うな垂れているアルクを先頭に、サンザシの小道を通って、入ってきた裏口から城を出た。
さて。
聞きたいことは色々ある。
あれじゃ、さっぱり分からないからな。
「いろいろ、聞かせてもらうぞ。アルク」




