4.7.17 - ペルセポネ・リノン
アルクと部屋を出る。
通用口のようなカビ臭い通路の先にある扉。
そこから図書館の裏庭に出た。
裏口の傍に、若い剣士がふたり。
オレとは眼もあわさず、周囲を警戒している。
アルクの部下だろうか。彼らと合流し、4人で庭を出る。
そのまま、細い路地を進んでいく。
狭く、複雑な裏通りだった。
オレにはもう、戻る道順がわからない。
ここではぐれたら、この街から出られなくなるかもしれない。
しばらく行くと、薄暗い路地の先に灰色の高い石壁。
そこに突き当たり、壁に沿って右に進む。
途中に、小さいが頑丈そうな扉がついていた。
剣士のひとりがカギを挿し込み、その扉を開け、どうぞと促す。
アルクの後に続き、オレも扉を抜ける。
内側の壁沿いに、背の低いサンザシの木がずらりと植えられていた。
あちこちの枝から飛び出た、固そうな鋭い棘。
まるで生きた有刺鉄線。
侵入を阻むためなのか、内側から外への脱出を阻んでいるのか。
おそらくは、その両方だろう。
アルクのうしろをついていき、小道に沿って進む。
左には壁とサンザシ。右には木造の三角屋根の平屋。
そこを抜けると、小さな庭園に出た。
刺繍のような花壇が円形に並び、その中央に丸いテーブルと4脚の椅子。
アルクは、オレに、その椅子の一つに座るようにと促す。
野外の椅子だが、脚から背もたれまで、丁寧に磨き込まれている。
「しばらくお待ちください」
アルクは、若い剣士を残して、立ち去っていく。
向かう先には、壁と同じ石で積み上げられた巨大な建物が、聳え立っていた。
その石壁にある扉を開け、アルクは建物の中へと消えた。
太陽の位置から、建物は南側。
この庭園は、朝でも夕方でも、明るく陽が差す場所なのだろう。
なにも考えずとも見当は付く。
ここは王城。この庭園は、王城の庭。
若い剣士たちは、庭園の隅へと散り、背を向けて外につながる小道を塞いだ。
オレはひとり、中央の椅子に腰かけ、目の前のテーブルを眺めていた。
長く待たされることは無かった。
庭園に訪れた小鳥の飛び立つ音が、数回聞こえた程度の時間。
扉が、ギギギと軋む。
最初に出てきたのはアルク。
その後に続くのは、女性の影。
誰だろう。
ぱっと見は使用人。
三十代くらいの女性。
そこらの教会の修道女のように質素で、色の少ない姿だった。
地面スレスレの喪服のような薄いマントを羽織り、白いローブの上から、エプロンのような青いドレスを重ねている。
日陰から出ると、それらの着衣に、汚れは全く見えなかった。
陽を浴びると聖母のようだ。
ただの布地なのに、太陽の光を吸い込みながらも跳ね返しているよう見える。
頭に載せているのは、蜘蛛の巣のような、細く慎ましい髪飾り。
星座を模した、銀細工のティアラかもしれない。
オレは星を知らないが、おとめ座なんじゃないだろうか。
アルクがこちらへ歩み寄り、その後ろを修道女が追う。
よく見ると、その斜め後ろに、もうひとつの小さな人影があった。
身長は、手前の修道女の肘よりも低い。
あどけなさのある、10歳くらいの女の子だった。
修道女とは異なり、赤いドレスを纏い、胸元は白いフリル。
そのフリルが、歩調にあわせてふわふわと揺れている。
女性が立ち止まると、その少し手前でアルクが膝を折って、こうべを垂れた。
そして、地面に向かって、アルクが言った。
「第14代ヴィルゴ王国女王、ペルセポネ・リノン陛下。
本日も、お日柄よろしく。
羽を休む束の間に、アルクもご臨席させていただきます」
女王……
どちらがだ?
修道女の方か?
10歳のほうか?
どちらも女王には見えない。
少女のほうがアルクに駆け寄った。
「アルク。このヒトはだーれ?」
アルクが少し顔を上げて少女に微笑み返す。
「モルウェナ様。この者はソウジ。今代のバイスタンダーでございます」
女の子が左手をパーに広げて、開けた口を隠した。
川を流れる桃でもみつけたかような、お手本のような驚きの表情。
「ホント? おとぎ話のヒト?」
アルクが、また地面を向いて答える。
「ええ、左様でございます。アルクが見つけて参りました。おとぎ話ではございませんよ、モルウェナ様」
修道女がアルクに視線を下ろした。
「アルク。羽休めというが、茶の用意がありませんね」
「申し訳ございません。リノン陛下。
代わりに、この者の旅の話でも聞いて、お寛ぎいただければと」
リノン陛下と呼ばれた修道女が、オレに視線を向ける。
睨んでいるわけでも、目利きしているというわけでもなさそうだ。
この女の視線はなんだ。
人形から向けられているような視線だ。
「そう。そうね、わたくしも、この日を楽しみにしていたわ」
アルクが立ち上がり椅子を引く。
修道女がそこに腰を下ろす。
「はじめまして、迷子の救世主さん?」
人形の顔が、ヘタクソな笑顔に変わる。
女王というから、もっと煌びやかで、結婚式の新婦のようなのを想像していたんだがな。
思っていたより、話しやすそうな女だ。




