4.7.16 - 聖女の王国
アルクと食事を済ませて、店を出た。
話の内容が意味不明すぎて、食事は味どころか、なにを喰ったのかすらも忘れた。
オレが理解できたのは、この国の女王制度の闇深さだ。
この国の王族の女子は、生まれた直後から「聖女」と呼ばれるらしい。
呼び名は立派だが、聖女とはつまり、王位継承候補者ということ。
聖女は、純潔ではなくなった時点で、聖女の地位を失う。
そして、女王は、生涯純潔。
子を成すことも禁じられ、その人生を国と王冠にのみ捧げることになるらしい。
法の見た目は単純だ。
結婚したり、妊娠すれば、聖女ではなくなり、継承権剥奪。
女王になりたい王族の女子は、純潔を堅持する。
聖女であるかぎり、いつか女王になれるかもしれない。
あるいは、継承権争いで暗殺されたくないなら結婚すればいい。
女王という職務。王族女子に用意されたレール。
そこに張られた茨の道は、選択可能な終身刑のように思えた。
アルクの言う「聖犯の疑い」というのは、ようするに現女王の不貞疑惑。
不貞が事実と判断されれば、王位剥奪。
聖なる職務を汚した罪で、処刑も免れないらしい。
よって、聖犯の噂が、正式な嫌疑になる前に、女王は退位を選択する。
処刑されるよりはマシ。
だが、それは女王の命の保全ではない。
処刑までいってしまうと、王朝転覆のトリガーにもなりえるスキャンダル。
事実の有無は関係なく、聖域は聖なるままにしておくべきらしい。
まぁそんなの、勝手にやってくれよ。
関わりたくないし、興味もない。
オレが、好奇心と気まぐれで知りたいことは、ひとつだけ。
女王様とやらに借りている剣。
サンダーソニアについてだ。
まぁ返せと言うなら返すが。
この剣に込められた呪いと過去。
この先もオレは、この剣に命を預けることになるだろう。
未希やストームも、オレが振るうこの剣に、少なからず運命を委ねることになるかもしれない。
だから知っておきたい。
いくら斬っても、斬った感触が伝わらない剣。
そんなのまるで魔剣だ。
この剣が暴走する前に、知り得ることは知っておくべきだ。
だからまぁ……
アルクの誘いにのってやることにした。
オレにこの剣を貸し与えた女王様。
そいつに会って話を聞きたい。
だから、その前に処刑されたりとか、暗殺されるのは困る。
やれる範囲で、手を貸してやってもいい。
そう思った。
オレは、アルクの提案に従い、そのまま宿に戻って寝た。
テーベが手配した、テーベの息がかかる宿だ。
翌朝。
陽が昇るとすぐに、昨日のチョビヒゲのオッサンが宿のロビーで待っていた。
なんの用だと聞くと、アルクのところまで案内すると言う。
オレは先に済ませたい用事があるからと、チョビヒゲの提案を断った。
どこへ行くのかと聞かれたが、バイスタンダーに関わることだと言って、その場を逃れた。
アルクにもらったセリフだ。
尾行の心配もあるが、特に気にせず、アルクが指定した場所へと赴いた。
その建物は、遠目には教会のようだったが、この国に宗教はない。
存在するのは、聖女と女王。
大聖女というのもいるらしいが、どうでもいい。
とにかく、その大聖女を頂点とした、政教一致の神権政治。
それがこの国を統治しているようだ。
中に入ると、その建物は図書館だった。
すぐに司書のような若い女性が歩み寄る。
「ソウジ様ですね。お待ちしていました。こちらへ」
女性のうしろをついていく。
広い図書館だ。書物の棚が、ぎっしりと並んでいる。
その奥。そのまた奥へと、建物の中を歩いて行く。
いくつかの通路を曲がると、行き止まりに小さな扉。
女性がその扉の横に立ち、こちらですと促した。
ノブに手をかけて押し開ける。
「おはようございます。お茶でもいかがですか」
部屋の中にいたのは、アルクだった。
昨日の町民のような格好ではなく、光沢のあるガウンを羽織っている。
腰には細い長剣を吊っている。この男の正装だ。
狭い部屋だった。
畳換算だと3畳くらい。
小さなローテーブルと椅子がふたつ。
その椅子にアルクが座っている。
壁には本棚が並び、ヨレヨレの背表紙がぎっしりと詰め込まれている。
「茶はもらうが、今日の予定も教えてくれ」
「あいかわらず、せっかちですねソウジさんは」
女性が扉を閉めた。
立ち去っていく足音が聞こえる。
この部屋には窓もなく、出入口はその扉だけ。
外は朝だが、蝋燭の火だけが、この小部屋の灯りだった。
文字通りの密室だ。
「では単刀直入に……」
アルクがカップを出し、陶器のポットから茶を注ぐ。
そのカップをローテーブルに置いて、オレの手元に押し出した。
「まずは、女王陛下にお会いしていただきます。
ソウジさんへの依頼は、陛下ご自身のお言葉で、みこころのままにお伝えしていただきましょう」
アルクの最初の一手は、いきなりの逆王手だった。
「アルク……一つ教えてくれ」
「はい? なんでしょう?」
「おまえは何者だ?」
最初から背筋を張っていたアルクが、さらに姿勢を正す。
「私は、女王近衛騎士団の主席騎士です。まぁなんといいますか……陛下の傍に仕える騎士で、いちばん偉い人です。ズが高いですよソウジさん」
ダメだ。
こいつのビックマウスは、いつもいつも大きすぎて付き合いきれない。
いまのは、その中でも最高クラスだった。
「で、使用人部屋で夢を語るアルクは、いつ国王になるんだ?」
「フフッ、残念ながら……この国では男子は王になれません。摂政を担う可能性はありますが、私にはそれは興味がありません」
表情を固定したまま、淡々と喋るアルク。
「まぁいい。で、女王の要求なんだ? 事前に分かるなら教えてくれ」
「すみません、陛下のみこころは、私にもわかりません……」
「そうか……」
アルクの表情。
なんの動揺もなく平坦だ。
つまり、こいつに関して言えば、半分本当で、半分ウソだ。
まぁいいか。
ここで長々と、腹の探り合いをしてもしょうがない。
「なら会いに行くか。女王様とやらに」
「せめて陛下の御前では、敬語を使っていただきたいのですが……
はっ、そうだ。ソウジさん、エングル語ができないんですよね。私が通訳する際に、丁寧な言葉に修正すればいい」
オレは、英語で次の言葉をアルクに投げた。
「その心配は不要だよ」
( Don't trouble yourself. )
「は……? ソウジさん、エングル語、使えたのですか……」
ッフフフ、フハハハ。
アルクの顔が青ざめている。
悪だくみがバレていたかもしれないという、中学生のような顔。
それが見られただけでも充分だ。
たぶんオレは、にやけている。
そのにやけ顔で、言葉を続けた。
「落ち着けよ、アルク」
( Save your breath, Aluk. )
その心配も不要だ。
あの時のオレは、本当にエングル語が分からなかった。
アルクがなにを画策していたのか、いまさら知る由もない。
だから全て、水に流そう。
オレは過去に興味は無い。
次の言葉も英語でアルクに伝えた。
「アルク。
女王様とやらの前では、腹の探り合いは無しだ。
知りたいのは、女王様の本音だ。
オレに手を貸してほしいなら、まずはそれが最低条件だ」
アルクが唾を呑み込んだ。
なんだか、久しぶりだな。
あの時と同じだ。
また、こいつと化かし合いをしている。




