4.7.15 - ソウジさん
宿は、清潔で、洗練されていた。
よく磨き込まれた壁や柱。
物腰のいい従業員。
言葉遣いも丁寧で静かだ。
部屋もさぞ豪勢なのだろうと思ったが、そうでもなかった。
調度品は洗練されているが、こじんまりとした部屋。
狭くはないが、ベッドと執務机。なにも掛かっていないポールハンガーが部屋の隅にぽつんと立っているだけ。
案内役の男が蝋燭に火を灯す。
それが済むと「おくつろぎください」と言って立ち去ろうとした。
オレは、食事が出来る場所はあるかと、男に尋ねた。
宿の隣に、バーがあるらしい。
腹が減ったので、まずはそこへ行くことにした。
バーに入ると、席は半分以上が埋まっていた。
それでも、うるさくはない。
テーブルには、料理や酒が並んでいる。
しかし、それを囲み談笑する客の声が小さい。
どこかの秘密結社の集会場のような雰囲気。
オレは空いてるテーブルに腰を下ろす。
注文を取りに来た男に、適当な料理とワインの水割りを注文した。
男は赤い布がかかった小さなお盆のようなものをオレに向けた。
お盆にはなにも乗っていない。
「なんだ?」
「恐れ入ります。銀貨2枚になります」
ああ、前金制か。
コイン袋を開くと、金貨しか入っていなかった。
しかたないので、その金貨を摘まむ。
袋から取り出して、お盆に落とそうとした直前。
誰かにその手を掴まれた。
「ソウジさん、そんな大金では、おつりの準備で、お店の人が困ってしまいますよ」
その声、その口調。そして、日本語。
オレは、顔を向けた。
そこに立っていたのは、貴族ではなく、フードを深く被った町民のような格好の男だった。
フードの影で顔はよくわからない。
腰に剣も帯びていない。
代わりにダガーのようなものをぶら下げている。
それでも分かる。
この男は知っている。
「アル……」
名を呼ぼうとしたオレの言葉を、その男は左手の人差し指を立てて遮った。
「お久しぶりです、ソウジさん。私はシユフです」
シユフ。
アルクの親友で、試作品の金型窃盗疑惑を抱えながら、遠方のウガーラ村で身を潜める男の名前。
その名を知っているのは、オレとアルクだけだ。
そんな名前をここで持ち出す。
分かるよ。
その一言で、おまえが何をしたいか。
オレになにをしてほしいのか。
理由は分からないが、オレと密会したい。
そうなんだろ? アルク?
「ああ、久しぶりだな。飯をおごってくれるのか?」
「もちろんです。再会を祝して、一杯やりましょう。呑みすぎはダメですが」
「ッフフ……そうだな。明日に響くのはヤメよう。
それで、仕事はうまくいってるのか、シユフ?」
シユフ、ではなく、この男はアルクだ。
アルクが、店員の盆に銀貨を4枚載せて、なにかを注文すると、店員は立ち去っていった。
そして、オレの向かいに腰を下ろした。
「それが……あまり良くありません」
アルクが、身を乗り出して、小声で話を始めた。
この店では、他の客もみんなそうしている。
怪しいそぶりではない。
「女王陛下に聖犯のお疑いがかけられ、その権力が揺らいでいます。テーベは反現王派の中心にあり、現王権の排斥を企図しています」
やれやれ……やっぱり、政治の話か。
オレにとっては、どうでもいい話。
勝手にやってくれと言いたい。
「ソウジさん、あなたは反現王派の車輪にのせられて王都まで来られたようですが、どうしたんですか、あなたらしくもない」
フフフ……
その通りだ。
テーベの陰謀の馬車にのせられて、あげく、こんなところまで運ばれてしまった。
「そうだな。まんまとのせられた。
おかげで、馬車の乗り心地は最悪だったよ。今、こうしてただ座っているだけでもケツが痛い」
「クククッ」
アルクが笑っている。
フードを被ったままだ。
「どうしてオレが来ることが分かった?」
「スピカの街は、ほぼテーベの手中ですが、ソウジさん、服屋に立ち寄りましたよね。店主が使者を寄越して、私に知らせてくれました。ギリギリですよホントに」
「うん、一応聞いて置くが……なぜ、そんなことをする必要がある?」
「私の友人で聡明なソウジさん。あなたなら、言わなくても分かるでしょうに。反現王派の片棒を担ぐのはヤメて、女王派にご助力ください」
「まてまて、シユフ。そういう面倒ごとは政治家だけでやってくれ」
「そうおっしゃることは分かっていましたが……ではなぜ、あなたは王都に?」
「旧友の顔を見に来ただけだよ。まぁ……そいつに借りもあるしな」
フードを被っていても、この男の、にやけた顔が想像できる。
「では、その旧友の借りとやらを、ぜひ返済していただきたい。今なら利息は全額免除です」
やはり、面白いな、この男は。
退屈しない。




