3.2.09
オレは、デバイス2台を2人から受け取りポケットに戻しておく。
未希のデバイスのエラーは、オレが未希を助けたら、解消されるだろうと、まゆが言った。
それから10分くらい、小声で無駄話をしていると、紙袋を下げた母親が病室に戻ってきた。
「未希ちゃんおきた?」
動きこそ普段どおりだが、目の淵には薄く青い影が差していた。
母が戻り、未希は寝たふりに戻ってしまった。
「ああ。少しだけ」
「そう、よかった」
と言い返す母が、少し目を緩ませた。
「じゃあ、オレ達は帰るよ」
「……うん」
名残惜しそうな母に、まゆもぺこりと頭を下げる。
「まゆちゃんも、ありがとね。またね」
「未希が退院したら教えてくれ」
最後に母に告げて、病室を出た。
病院を出ると、丁度、駅に向かうバスが停まっていた。
オレ達は、そのバスに乗り込む。
しばらくバスに揺られていると、
「……ここから乗り換える」
と言い、まゆが立ち上がり、降りて行った。
スマホを出して時計を見る。13時40分。
達郎との約束まで、まだ時間がある。
駅に到着して、バスを降りる。
やることが無い。
電車に乗って、アパートに戻る。
部屋に戻ると、まずはログインデバイスを冷蔵庫に放り込んだ。
布団に寝そべり天井を見ながら、頭を整理する。
未希は戻ってきたが、まだ助けていないという矛盾。
解っているのは、オレはまた、ニフィル・ロードへ行く必要があるということ。
考えていると、ゴロゴロと床が揺れた。
アパートの横をトラックが通り過ぎる度に、天井に吊られている電球から埃がおちてくる。
壁際には、点けたことが殆どない黄ばんだエアコン。
室外機がうるさいと苦情が来るので、電源は入れない。
ふらふらと、揺れる電灯の引き紐を見ていたら、眠くなってきた。
目を閉じると、すぐに意識が落ちた。
気が付くと、外は夕暮れだった。
時計を見ると、18時30分。
起きてタバコを吸う。
達郎との待ち合わせの時間にはまだ早いが、そろそろ行こう。
部屋を出て、郵便受けを確認すると、昨日の仕事の報酬が届いていた。
カネをサイフに入れる。
通りにでると、すぐに空車のタクシーを見つけ、それに乗り込みFDへと向かった。
タクシーに乗ること十数分。
店の前でタクシーを降りる。
まだ19時を少し回った時間。
待ち合わせの20時にはだいぶ早いが、まぁいい。
『 Fearless Den 』
命知らずの巣窟のドアを開けて店内に入った。
店の中は今夜もクラブジャズが流れ、落ち着いていた。
見渡すと、客は10人もいない。
達郎は、まだ来ては居ないようだ。
「あー、総司ちゃん。また来てくれたのねー」
この間と同じ、年齢不詳の女店員が声をかけてくる。
「タツは?」
「来てないわねぇ、待ち合わせ?」
「そんなとこだな」
「席どうする?」
カウンターには、誰も座っていない。
「カウンターでいいか?」
「おっけー。なに呑む? いつもの? ジントニ?」
「ああ」
千円札を3枚渡す。
「さんきゅ。まってて」
カウンターに座る。
奥でグラスを磨いている男が独り。
オレに気が付いて、会釈している。
まともに話したことはないが、顔なじみではある。
男がグラスを置いて、近づいて来ると、カウンターの下から灰皿を取り出して、オレの前に置いた。
「いらっしゃい、総司さん」
低いトーンで、物静かに声をかけてきた。
「ありがとう」
男が離れていく。
オレは、タバコを取り出して、火を付ける。
スマホが振動する。
見ると達郎からの着信だった。
「あ、総司さん。達郎です」
「どうした?」
横からコツコツと女店員の足音。
「ちょっと、悪いんですけど、おれ行けなくなりそうで」
オレの前にコースターを敷いてグラスを置く。
それから、生ハムのマリネがのった皿を置いた。
「手配したオンナだけそっち向かわせてますんで」
女店員が片手を広げ、ひらひらと振りながら、立ち去っていく。
「どんなやつだ?」
「後輩の姉貴で女子大生です。えーと……あ、須藤明美」
「わかった。助かったよ」
「いえいえ。明日の夜の件もお願いします。明日は必ずいきますんで」
「ああ」
「それじゃ」
電話が切れる。
時計はまだ、19時10分。
カランと、店のドアが開く音。
振り向くと、育ちの良さそうな20代前後の女性。
オーバーサイズの薄いすみれ色のニットセーターと、白のマキシ丈のスカートを自然に着こなしていた。
左肩には、こげ茶のショルダーバッグを下げている。
バッグには淡い金色のブランドロゴが途切れなく刻まれていた。
ギャングが密談に使うようなこの店には、少し場違いな、女性だった。
女店員が女性に近づこうとしている。
オレも席を立って近づいた。
「須藤明美さん?」
女性は、驚いた風もなく、オレを見返した。
「あ、はい。大嶽総司さんですか?」
胸元まで伸びた髪が、均等に茶色く染めあがている。
須藤明美は「どうも」
の形に、唇だけ動かして、軽く頭をさげた。
「え、なに? 総司ちゃんの彼女? 出会い? 出会い系?」
女店員が茶化す。
達郎の交友関係の広さには、呆れるばかりだ。




