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4.7.9


 執務室に案内され、ソファーに腰を下ろす。

 女性が、オレとテーベの前に陶器のカップを置いていく。

 ドロッとしたカーキ色の液体。たぶん、リンゴのワインだ。

 甘すぎるので、口をつけるのはやめておく。


 テーベに依頼したいことは、とりいそぎ2つ。


 アルクに引き合わせてほしいこと。

 この街で、拠点となる住居を手配、あるいは紹介してほしいこと。


 無茶な依頼ではない。

 テーベは、その2つの頼みを快く承諾した。


 アルクは王都にいるらしい。

 テーベには、馬車の切符と、王都での紹介状を手配してもらうことになった。


 2つ目の依頼はすこし難儀していた。


 渡し人は、国の賓客だった。

 下手なあばら屋で寝起きさせるわけにもいかないようだ。

 オレはそれでも構わないのだが、それだとテーベが、職を失うことになるらしい。

 それはオレも困る。


 なので、テーベは、自分の息がかかる商会が経営する宿。

 その宿のスイートルームを手配した。

 代金の支払いは不要だと言った。


 なんというVIP待遇。


 オンボロ酒場でさんざん搾り取られるカタセ村とは大違いだ。

 もうカタセ村には帰らず、スピカの街での定住でいいかもしれない。

 オレは、強くそう思った。


 まぁ……それもこれも、過去の英雄プレイヤーが残した遺産のおかげだな。

 なにも残さないオレの代で、すべて消費し尽くすことになるかもしれない。


 次のプレイヤーが誰になるのか。

 それは知らないが、オレは楽させてもらうとしよう。



 紹介状や馬車の切符の手配は、今すぐというわけにはいかないらしい。

 宿はすぐに手配できるというので、オレは宿へ向かうことにした。

 

 テーベとは執務室で別れた。

 女性従業員の道案内を手配してもらい、役場を出た。


 女性の後ろ姿は三十代後半くらい。

 うるさくないブラウン色のワンピースを着ている。


 ときおり、ちらちらと振り返り、オレの顔色を切り取っている。


「おい」

「は……はい?」


「オレが渡し人であることは、口外しないでほしい。余計な騒ぎは起こしたくない」


「え、ええ、もちろんです。仕事を無くしたくありませんし、街から追放されたくもありませんから……」


 広場の石像。

 バイスタンダーと呼ばれている英雄の横を通る。

 石像の男は、どんなヤツだったんだろうな。


 女性が、解雇か追放かに怯えながら、ビクビクとオレの前を歩いている。


「おい」

「は……はい」


「バイスタンダーというのは、どういう人物だったんだ」


「は、はぁ、あの……子供の頃に聞かされたおとぎ話ですが」

「かまわない。オレにも聞かせてくれ」


「国中の災害や紛争現場に突如として現れる救世主。

 絶望の淵にあった人々を奮い立たせ、希望をもたらしました。

 そして、なんの対価もうけとらずに姿を消してしまう英雄だったと伝えられています。

 滅びる未来しかなかった街や村の多くが、バイスタンダーによって救われたそうです」


「そうか」


「バイスタンダーの言動、振る舞い。

 それが、この国の文化と国民性の原点になったと言われています」


 ふと思った。

 オレは、百年後、この国の人たちになんて言われているんだろう。


 ッフフフ……

 忘れられているな。

 あの時代に英雄は不在だったと語り継がれる。


 それでいい。

 オレは、なにもしていない。

 なにかを残すつもりもない。



 女性と話していたら、宿に到着したようだ。

 2階建てのそれっぽい建物。

 レトロな迎賓館のような、白が基調の外観だった。

 見た目は、以前、アルクやクラゲと滞在した宿よりも高級に見える。


 道案内をしていた女性が、宿のフロントで会話を始めた。


 助かる。

 オレだけだったら、強盗が押しかけたと思われたかもしれない。


「それでは、ソウジ様。ここで失礼させていただきます」

「ああ、ありがとう。テーベにもよろしく伝えてくれ」


 宿の男が先導し。部屋に案内される。

 ソファーとローテーブルが自己主張している、応接室のような部屋。

 壁際に3つの扉。


 案内をした男が、ドアを開けながら部屋の説明をした。

 寝室がふた部屋、それとバスルーム。


 オレ独りで、使うような部屋ではなかった。


 立ち去ろうとする男に、レストランの場所を尋ねる。

 まずは、レストランで食事。

 食事代は自腹だったが、問題ない。

 肉と野菜がふんだんに溶け込んだシチュー。

 それと柔らかいパン。

 量も充分だった。

 そのあと、レストランで銀貨を両替し、衣料品店へ向かう。


 衣料品店は、以前、アルクやクラゲと一緒に来た店だ。


 オレは店主を忘れていたが、店主はオレを覚えていたようだ。

 ニコニコと愛想笑いを振りまき、オレの注文を聞いた。


 グレーの薄いマントと、羽のついたブラウン色のフェルト帽を購入した。

 マントはいまのウールのマントの上から羽織り、フェルト帽を被る。


 くすんだ鏡を覗き込む。

 盗賊のおかしらの姿はそこにはなく、うさんくさいお忍び貴族のような男が映っていた。


「アルク様をお探しですか?」

「ああ、そうだ。王都に行けば会えると聞いた」

「さようでございますか。差支えなければ、わたくしの方から王都にご伝言の使者を向かわせても構いませんか?」


 返答する前に、オレは男の表情を眺めた。

 少しひっかかるところも感じたが、アルクに再会するつもりでこの街まで来たのだ。構わないだろう。


「構わないよ。よろしくたのむ」

「ありがとうございます。かしこまりました」



 店を出ると夕方だった。


 宿まで戻ると、テーベの使いだという男がロビーで待っていた。

 明日の馬車の切符と、王都への紹介状だという封書をオレに手渡し、男は立ち去った。


 至れり尽くせりだ。

 悪くない。


 与えられたスイートルームに戻る。



 前哨基地での見張りのことも完全に忘れたまま。

 その夜は、狭い方の寝室に入り、ふかふかのベッドで眠りに落ちた。




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