4.7.8
ストームカレンダー35日目。
見張りの任務に参加して数日が経過した。
ウィルコープスの襲撃は2度あったが、ふらふらと数体が迷い込んでくる程度のものだった。
今日の見張りは、夕方の少し手前の時間からだ。
しかし、勤務態度良好なオレは、初めての非番を貰った。
オレの代わりに、別のチームの誰かが、見張りの仕事についている。
オレはデバイスを操作し、メモリアへ。
飛んだ場所は、森沿いの木陰。
付近に人影はない。
中継地であるボーテス村は2日前に通過した。
たぶん、今日中にスピカの街に着くだろう。
アルクらと旅をしたときよりも、1日早い到着だ。
森を離れて、付近の風景を眺める。
スピカを目指すランドマークである山脈が、はっきりと見えていた。
オレは旅を再開した。
草原を歩き続け、昼を少し過ぎた頃。
ついにスピカの街を見下ろす丘の上に立っていた。
風にのって、焼かれているパンと、アップルパイのような匂い。
街道沿いに点在する農家。
その道の先に街を囲む赤茶色の壁。
壁の内側に、大小さまざまな家々が密集している。
まずは、役場に行って、テーベにアルクの居場所を尋ねてみよう。
オレは丘を下って、外壁に開けられた門へと近づく。
そして、門の前で番兵に呼び止められた。
ああ、そうか。
通行証が必要なのか。
以前は、アルクが剣の意匠を見せただけで、通行を許可されていた。
オレに見せることができるのは、コレしかない。
オレは番兵を手招きして、街道に背を向けて、そっとログインデバイスを取り出した。
それを番兵に見せる。
「んっ……あ、おにた……は」
オレのログインデバイスを見て、番兵が驚いた顔をして、なにか言っている。
久しぶりだな、この感覚は。
エレメント・ノードでは、みんな持ってるから価値はないが、メモリアでは英雄証明付きのパスポートだ。
もしかしたら、これを見せるだけで、カネも借りられるかもしれない。
返済は、25年後の次のプレイヤーに押しつければいい。
門の通過は許可された。
そこを立ち去る前に、英語で番兵に告げた。
「いいか、オレが来たことは口外するな。知っているのはお前だけだ。噂になれば、お前は真っ先に女王様とやらに絞め殺されることになる。わかるよな?」
「はッ……え……はう、わかりった……?」
やはり、エングル語とは、英語のことだった。
以前は、まったく分からず、コミュニケーションもできなかった。
だが、今回はできる。喋れる。
独特の語尾があって、聞き取りにくいところがあるが、言ってることもだいたい分かる。
オレは街に入ることができた。
まずは、役場へ向かう。
道はだいたい覚えている。
あいかわらず、街の中は臭い。
すべてが、公衆便所の中のようだ。
まぁ1日で慣れるだろう。
前回もそうだった。
おぼろげな記憶を頼りに、役所への道を辿る。
途中で広場に出た。
中央には花壇があり、花壇の内側に石像が立っている。
石像の正面に立ち、しばらく眺めた。
日本人の顔つきではないが、この石像もかつてのプレイヤーだったはずだ。
眺めていたら、腹が減った。
今日は見張りの仕事がないので、賄いの食事も貰えない。
鉄コインは偽造なので、この街では使えない。
役場へ行って、鉄コインは処分してもらい、銀貨を両替してもらおう。
広場からは、役場も近い。数分だ。
役場の入り口に立ち、3階建ての建物に入った。
久しぶりだ。
建物中は、シンとしていて、役所らしい空気がある。
あいかわらず、壁際の太い柱と、崩れ落ちてきそうな吹き抜けの天井から、威圧感を感じる。
受付の女性が驚いた顔をオレに向けていた。
そういや、オレのコーデは、盗賊のおかしらだったのを忘れていた。
面倒は避けたい。
ここなら隠す必要もないだろう。
左手を叩き、ログインデバイスを出した。
そのまま受付に歩み寄り、女性に話しかける。
「テーベと面会したい」
「か……かしこまりました……ご用件は?」
さすがに、役所のエングル語は聞き取りやすい。
ソフィアのようなアメリカ英語ではなく、アーネストやカイルのイギリス英語に近い。
「女王様との謁見の手続きだと伝えろ」
「かかっ……かしこまりました」
受付の女性が走り去っていく。
女王様と謁見なんてするつもりはないんだけどな。
待たされたくないから、大げさにしておく。
テーベはすぐに現れた。
五十過ぎの東欧っぽい顔つきのオッサン。
「コニチワ……ソウジィサン」
テーベのヘタクソな日本語。
エングル語が使えないと思っているオレに、気をきかせてくれてるのか。
「テーベ。大丈夫だ。エングル語は分かる。
アルクと再会したい。力を貸してくれるか?」
「えっ、は、はい。もっも……もちろんです。喜んでお手伝いさせていただきましょう」
テーベは、なにを驚いているのか。
手にしているハンカチが、少し脂汗で湿っている。
突然現れたオレにか。
それとも、英語で会話できているオレにか。
面倒ごとに巻き込まれそうな予感を感じている、経営者の顔。
聞かれたくない会話を聞かれていたかもしれないと怯える、中学生のような顔。
その両方が入り混じっている。
「そ……それでは、私の執務室にご案内します。こちらへ」
テーベに促され、オレは役所の奥へと踏み込んでいく。
さて、これからどう動いていこうか。




