4.7.6
スピカへ行くのは、たぶん難しくない。
オレだけの独り旅なら、野営は必要ない。
昼間はメモリアで旅を続け、疲れたら前哨基地に戻って寝ればいいんだ。
盗賊に襲われたときも同様だ。
メモリアを離れ、盗賊が立ち去るまで、前哨基地で時間を潰せばいい。
問題は、スピカまでの道順だ。
まぁ、どうにかなるだろう。過去に同じ道を辿っている。
進む方角も、だいたい分かる。
オレはテントに戻る前に、また詰所に寄った。
旅の準備資金が欲しい。
今回は、武器ではなく、効率の良い鉄を持っていく。
ハンマーだ。
先日オレが腕ごと斬り落としたバカでかいハンマー。
先端にはめ込まれた鉄塊だけで、剣3、4本分くらいありそうだ。
柄の材質も硬くて頑丈。おそらく樫の木。
あの村の住人なら、残らず全て活用するだろう。
持っていくのは、これ1本でいい。
あとは手斧を4本、腰のベルトに差していく。
そしてテントに戻り、メモリアへと飛んだ。
太陽の高さは、まだ昼前。
鍛冶屋へと直行し、店主にハンマーを見せた。
店主が口元を歪め、不敵な笑みを浮かべながら、買い取り金額を告げた。
斧も含めて、鉄コイン290枚。
今日は銀貨2枚と、鉄コイン10枚に換金してもらった。
銀貨1枚の両替手数料が、鉄コイン40枚。
元の貨幣価値の4割だ。ぼったくりだ。
まぁ、この村の鉄コインはすべて偽造コイン。
銀貨は、国で流通している正規品の銀貨なのだ。
4割なのも仕方がないだろう。
そしてオレは2回の訪問で、鍛冶屋の優良顧客になったようだ。
オレは、鉄鉱石を持ってくる鉱夫ではなく、溶かすだけで貨幣に変わるハンマーを持ってくる客だ。
店主は、いつでも来いと言いながら、選び抜いたピカピカの銀貨をオレに手渡した。
村で最も儲けているのは、間違いなく鍛冶屋。
この店主も、あたりまえのように偽造の金型を持っているはずだ。
だから鍛冶屋が買い取る鉄は、現金資源そのもの。
オレが大量にこの店に鉄を納品することで、村にインフレが起きるかもしれないが、それはオレの知ったことではない。
さじ加減は、鍛冶屋の店主に任せよう。
いちど、おやしろにもどり、引き出しから金貨を1枚拾い上げコイン袋にしまう。
旅の資金は金貨が1枚、銀貨が2枚。
充分だろう。
そのあとオレは酒場へ行き、今日の昼飯と夕食用に、黒パンとミートパイを買った。
「しばらく旅に出る。みんなによろしくな」
「そうか。死ぬなよ」
他に聞きたいことはないのか。
いつ戻るとか、どこへ行くのかとか。
マスターは、興味がなさそうな顔をしている。
パンを受け取り、北へ向かう道を辿る。
スピカの街は北だ。
視線を北の方に向けると、遥か彼方の山脈が見える。
スピカがある方角は、あの山脈の切れ目。
村を出るまで、知ってるヤツには、誰にも会わなかった。
始まるのは独り旅だ。
集落の外を、ふらふらと独りで歩くのは、最初の数日以来だな。
この世界では、普通は誰かの助けがないと旅はできない。
都合よく、アルクが迎えに来てくれるわけもない。
いや、そもそも、この旅にNPCを同行させるのはダメだ。
オレ独りだからこそ、自由にメモリアとエレメント・ノードを行き来し、野営をキャンセルすることができる。
途中でいよいよ道が途切れ、なにもない原っぱを進む。
独りで歩く原っぱは、快適だった。
歩くペースは、オレの意のまま。
誰に気を遣う必要もない。
飯を喰うのも自由。
腹が減ったので、歩きながらミートパイをかじる。
かじりながら、後ろを振り向く。
カタセ村はもう見えなかった。
丘陵の向こう側に消えてしまった。
ここを最後に通ったのは、雨の日だ。
クラゲの背中で震える、死にかけたコユルギの顔を思い出す。
あの時のアイツらの顔は、よく覚えている。
不思議だ。
現実世界の記憶は嫌なものばかりで、思い出したくもない。
でも、ニフィル・ロードでの記憶は、そんなに嫌なものではない。
勝手に薄れていくはずなのに、印象深く、刻まれている。
記憶の圧縮って、なんなんだ。
忘れるどころか、忘れられない、忘れるのがもったいない記憶ばかりだ。
そこら辺に生えてるタンポポでさえ、それをむしって鍋で煮込むガスコスの顔が浮かぶ。
泥臭いパンの味が、口の中に蘇る。
でも、その記憶も、幼稚園くらいの頃の記憶と並走している。
霧に埋もれかけている。
妙な気分だな。
気がついたら夕方だった。
いまどの辺りなのか。
どれだけ歩いたのか。
オレだけじゃ分からない。
今日はもういいだろう。
次は、見張りの任務だ。
原っぱの途中で、ログインデバイスを出し、前哨基地へと戻った。




