4.7.2
新居までは、タクシーではなく電車で来た。
辿り着いた新居は、2階建ての木造アパートだった。
建物の大きさ自体は、前のアパートと変わらない。
しかしオンボロ感はない。
水色の壁、茶色い柱。飲食店のような野外ライト。
外観は無駄にオシャレを演出しようとしている。
建物の中央に階段がある。
鉄製の手すりがついたコンクリートの階段。それを昇り2階へ。
204号室の部屋の前へ行き、カギを差し込む。
カチリとはまる。
カギを回して、ドアを開けた。
ホコリ……というより、微かに煤臭い。
火事かボヤでもあったのだろうか。
まぁいい。
ヒトだろうが建物だろうが、ホコリ臭い過去に興味はない。
土間で靴を脱ぎ、部屋に踏み込む。
最初はダイニングキッチン。
そこだけでも、以前の部屋と同じくらいの面積がある。
土間のすぐ右側に台所。
左側には、向かい合わせのドアが2つ。
片方はトイレだった。
そして、もう片方は……
洗面所。そして洗濯機置き場。
その奥にはさらに中折れのガラス戸。
まさか……
そのまさかだった。
風呂だ。
風呂がある。
シャワーもついている。
ダイニングの奥の部屋へ。
どちらも、6畳くらいありそうなフローリングの部屋だった。
この部屋は……バス、トイレ付きの2DK。
信じられない。
家賃はいくらなんだろう。
まさかオレが払うのか?
念のため、あとで雇用主に聞いておこう。
部屋には、エアコンもついていた。
リモコンはどこだろう。
それよりも、部屋がホコリくさく、煤臭い。
だから部屋の奥の窓を開けた。
カーテンは付いていない。
開けるとすぐ真下は広い4車線道路。
タンクローリーがアパート全体を揺らしながら通り過ぎて行った。
撒き散らされる排気ガスが部屋に入り込む。
窓を閉めた。
スマホを出して、雇用主にメッセージを送る。
『部屋を見ました。いつから住めますか?』
返事はすぐに届いた。
『今日からでもいいぞ』
『家賃も光熱費も気にしなくていい』
少し時間をおいてから、追加で1通。
『彼女と一緒に住んでもいいが、点検の備えは忘れるなよ』
点検。
ガサ入れのことだ。
そうだよ。
忘れるところだったが、そういう会社だ。
上司の顔を見たこともないし、声を聞いたこともない。
本社がどこにあるのかすら、オレは知らない。
そもそも、このアパートはなんだ。
他に住人は住んでるのか。
建物全体が事故物件なのかもしれない。
あるいは競売物件の可能性だってある。
実際、道路はうるさいが、建物全体は妙に静かだ。
部屋全体から、どこからともなく染み出してくる煤の匂い。
夏場の真昼だというのに、空気が妙にぬるく感じる。
まぁいいだろう。
どこをとっても、前のアパートよりはマシだ。
ここは、会社の寮。
オレが今夜から寝る場所。
壁に埋め込まれていた、照明のスイッチを入れてみる。
天井のシーリングライトに白色の光が灯る。
部屋の壁に引き戸がついていた。
開けてみると押し入れ……いや、クローゼットと呼ぶべきか。
その中に、リモコンがひとつ。
拾い上げて「自動」と書かれたボタンを押す。
エアコンが動き始めた。
カビ臭くない。まさか新品?
しばらくすると、冷たい風。
室外機もうるさくない。快適だ。
住める。
この部屋は住める。
ここと比べたら、いままでのボロアパートは人間サイズの犬小屋だ。
ここは、住める部屋だ。
寝る以外の用事で、帰りたいと感じるのも、遠い未来ではないかもしれない。
だから、早速満喫させてもらおう。
オレはまず、風呂場へ行った。
服を着たまま、赤い印のついたシャワーのバルブをひねる。
お湯だ……
湯の勢いも強く、跳ね返った湯で、ズボンの裾に湯が染みていく。
やはり、この部屋は……住める。
オレはそのまま服を脱いで、お湯のシャワーを浴びた。
あたたかいお湯は、汗や汚れを洗い流すだけではなく……
新しい生活が始まりそうなオレの期待を、足元から立ち昇らせていた。




